風と野の花

こちらは、月刊flowersにて連載中の「風光る」の非公式ファンブログです。

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すみませんm(_ _)m

改めまして、ご無沙汰しております。
きくりん3です。
皆様には、不義理をいたし申し訳ありません。

嵐のような春になりました。
まず、携帯が壊れ、書き溜めてた頭だけの小話やら何やらが全て吹っ飛びました。
ムスメは無事に入園しましたが、まさかの「行きたくない」攻撃に閉口し。
上二人は、すたすた行ったのに。
そして、今は私が病院のベッドの中、という有り様でして(笑)
いやほんと、人間いつ何があるか、わからないですねえ。
まさか入院する日が来ようとは。


倉庫も探さないと(笑)
ムスメが幼稚園に行ったら時間ができると思ったのに…。
そうは問屋は卸してくれませんでした。    



とりあえずは、生きています。
本編は、あまりに辛くて買えてません。
ここからは辛い一方だと思うと、胸が締め付けられる。
書いていけるかはわかりませんが、また、思いついたらちょぼちょぼと更新はしていこうかと思っています。


そんな亀更新になりますが、気が向きましたらまたお立寄り頂けましたら幸いです。



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新緑



 屯所から帰った総司が、着流しになった途端、セイの茶を待たずに横になり、そのまま転寝するなんて珍しい。よほど疲れていたのか、部屋の済みに置かれた座布団を二つに折り、頭を乗せるや、すうすうと寝息をたて始めた。
「あら…?」
総司の脱いだ袴を畳み、いつもの様に番茶をいれた湯呑みを小盆に乗せて運んできたセイが、すっかり寝入った夫を見下ろし呟いた。
ふう、と息を吐き、産み月間近になった大きな腹を重たげに支えながら、総司の傍に盆を置く。
しみじみと夫の顔を見てから、目を細めた。
火鉢の中の埋み火が、小さくぱちぱちとはぜる音だけが聞こえる。
今日は春先の暖かい風のない日だったが、それでも日が傾くにつれ空気は冷たく、早々に雨戸を閉めたのが良かったのか部屋の中は仄かに暖かい。
仄かな行灯の灯りが太いが癖のある総司の髪をほんのりと照らし、精悍さを増した頬に掛かって淡い影を作っていた。
口元に手を緩くあて、ふふ…と笑んだセイは、ふうと息を吐きながらゆっくりと立ち上がると、着ていた半纏を総司に掛けてから、布団を敷きに行こうと奥の寝間へと歩き始めた。
どんどん…とお腹の内側から、やや子が蹴る。
「お前もととさまが心配ね…」
何とはなしに、腹の中のやや子が総司を気遣っているような気がして、お腹を撫でながら話し掛ける。
まるでセイの声が聞こえてきたかのように、ちょうど手のひらの辺りをどんと蹴飛ばしてきた。


夢の中で総司は、やはり転た寝していた。
それなのに、まるで目を開けているように周りの様子を見ることができる。
部屋の縁側の向こうに、色鮮やかな新緑が見えた。
葉の一枚一枚がきらきらと陽に輝き、風は乾いてさらさらと吹いている。
つと縁側に目を向ければ、セイがいる。
縁側に座り隣に座る子に向かって、優しげに微笑んでいた。
そちらに目を移すと、漸く小さな髷が結えるようになったくらいの女の子が、セイを見上げている。
手元には、紅い小さなお手玉がいくつか転がっていて、二人はクスクスと笑いながら軽やかに歌い、お手玉を投げては回していた。
(あの子の名前は、何でしたっけ)
あれは自分の子だというしっかりした気持ちはあるのに、なんとしても娘の名前が思い出せない。
柔らかな陽の光の下で微笑み合う二人に、胸が締め付けられる程の愛おしさが込み上げてくるのに、眠っているせいなのか、うまく頭が回らない。
二人を眺める総司の歯痒い思いが伝わったのか、不意に眠っている総司が軽く声を立てて身動ぎをした。
セイと娘が、くるりと眠っている総司に顔を向けた。
日を背中にしているため顔は朧気にしか見えないが、二人はこちらを向いて微笑んでいるのは分かる。
娘の顔を良く見ようと、目を凝らした時…
「総司様」
肩を揺すられ、はっと目が覚めた。
「こんな所でこの様に転寝したら、風邪を召しますよ?」
柔らかに見つめてくるセイを見上げながら、夢の名残が総司の体を取り巻いている。
はて、今は一体いつで、あの子は今どこに…?
夢と現の境を漂いながら、総司は体を上げてセイと向き合った。
「セイ?あの子は?」
「あの子?」
ふと目線を下げれば、セイの腹はまだ膨らんでいた。
部屋を長く暖めていたとはいえ、まだ春の口、ふるりと背中を冷たい風が流れてくる。
ようやくあれは夢だったのかと思い至り、総司はセイの腹に頬を寄せた。
「セイ……。この子は女の子だと思うんです。」
すると、セイが、まあ…と呟いた。
「今、夢の中で貴女とこの子が仲良く遊んでいるところを見ましたからね。」
お腹の中の子にも話し掛けるように、総司は柔らかな声音でそう言った。
「そうですか?それなら、かなりお転婆かもしれませんね。お腹の蹴飛ばす力の強いこと、強いこと…。」
くすりと笑いながら、セイも自分のお腹に手をあてる。
ちょうどその時、腹の子が、とん、とセイの腹を蹴った。





※※※※※※※※※※※※※※※


ご無沙汰しております。
なかなか、ブログも書けず、すみません。
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ご無沙汰していました…m(__)m

ご無沙汰していました。
きくりん3です。

明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします


って、今更か~いっ(゜o゜)\(-_-)

今年はちゃんと書きたいなあ…(^^;
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一番星



寒いですね、と頬を仄かに紅く染め見上げてくるセイを、総司は穏やかに微笑んで見下ろした。
海を照らす夕日は鮮やかなオレンジ色を放ち、波間だけでなく、セイをも暖かな色に染めていく。
寒いですかねえ…
今なら、オレンジ色のセイを引き寄せたら、その色のままの暖かさできっとすぐに火照るんじゃないかと、総司は思った。
日はぐんぐん海の中に沈んでいき、総司達の背中からは、群青色の空が迫ってくる。
一番星…とセイが指差した先には、一際輝く金星がある。
「綺麗…。冬の空は寒いですけど空気が澄んでいて、空が綺麗に見えますよね。」
首に巻いたストールに、口元まで埋めながら、セイはうっとりと星を見上げながらそう呟いた。
「そうですね…本当に、綺麗な一番星です」
総司も、セイから目を離し、空を見上げる。
「あの星を、取ってあげましょうか?」
総司の呟きに、セイがえ?、と不思議そうな顔を向けた。
大きな瞳をまあるく見開き、セイはきょとんと総司を見上げている。
その顔が、遠い昔の記憶の中の、小柄な愛弟子の姿と重なる。
思わずくすりと笑ってしまった総司に、セイは益々不思議そうな顔をした。
「目を閉じて貰えますか?」
総司がくすくすと笑いながら言うと、セイは素直に目を閉じた。
セイが何も見えてないことを確かめてから、それでも年を押して、くるりとセイに背を向けて、ポケットに忍ばせておいたものを取り出す。
せっかく綺麗に包装されリボンもついたその手のひらに収まる小さな箱を見て、一瞬躊躇ったが、無造作にそれらを解き、中に収まっていた小さな光の粒の付いた指輪を取り出した。
箱をまたポケットに入れ、セイの方を向く。
口元に僅かに笑みを宿したセイを見て、心臓は大きく音を立てた。
総司の手よりも二周りも小さなセイの左手を、そっと取る。
「なんですか?」
突然の総司の動きに、セイが柔らかく尋ねるが、総司は黙ったまま、その細い薬指に指輪を滑らせた。
するすると滑らかに指環が収まると、その手を握ったままセイの口元に軽くキスをしてから、目を開けてくださいと耳元で囁いた。
目を開けたセイは驚いた顔のまま、まっすぐ総司を見てから、ゆっくりと総司の手に包まれたままの自分の左手に目を向けた。
そこには、空の一番星にも負けない煌めきを持つ、小さな石。
何て言おうかと戸惑うセイに、総司の声が柔らかく降ってくる。
「私と……ずっと一緒に生きていきませんか?今度は、おじいさんおばあさんになるまで……」
はっと総司を見上げる。
まっすぐ見つめてくる総司の瞳が、春か昔の敬愛する師に重なる。
「セイ……返事を。否は聞きません。」
ふわりと笑む総司の顔に、涙が出そうになる。
「……………はい。」
ぽろりと零れた涙をそのままに、セイは小さいながらもまっすぐ総司に答えた。
ほっとしたのか、顔から力が抜けた総司は、そのままセイの左手を引き、ゆっくりと抱き締めた。



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黎明

かた…と小さな音がして、セイはそっと目を開けた。
夜明けの朝日が上る前の、薄青い障子の明かりに紺の影が揺れる。
(あれは…先生?)
障子の閉まる小さな音を残して、影が遠退いていく。
起床の時刻にはまだ早いこんな時間に、総司はどこへいくのかと、セイもそっと起き出して隊部屋を出た。


朝の冷気に身震いする。
広い屯所を見回すと、するすると滑るように歩を進める総司の後ろ姿が目の端に写る。
朝稽古なら道場に行くはずが、総司が向かっているのは道場とは全く反対側だ。
(先生…)
セイは音をたてずに、総司の後を付いていく。
いくつもの角を曲がり、普段使われない廊下を過ぎ、総司は一人、布団部屋になっている部屋へと消えていった。
(先生は、どうなさったんだろう…?)
総司が一人になりたくてここに来たのなら、押し入るわけにはいかない。
だが、もしかして、具合が悪いとかそんな理由なら、医薬方の自分の仕事の領分になる。
見過ごして、さらにひどくさせる訳にはいかない。
セイが暫く廊下に佇み、どうしたものかと思案していると、その気配を察したのかからりと障子が開き、総司が顔を出した。
「神谷さん?…どうして…」
「せ、先生っ。お寛ぎの所、申し訳ございません。」
がばっと音が鳴る程の勢いで頭を下げたセイに、総司が苦笑する。
入ったらどうです?、と総司が体を部屋に引っ込めたのを受け、セイはそろりと布団部屋に入り、後ろ手に障子を閉めた。
セイは総司の前に座り、頭をそっと下げた。
「もしや先生がどこか具合がお悪いのではと思い、隊部屋から付いてきましたこと、お詫び申し上げます。」
セイの心配そうな瞳に、総司の頬が少しだけ緩む。
「あの、もし、本当に具合がお悪いのでしたら、神谷に診せていただけませんか?」
と、セイが総司の脈をとろうと、手を差しのべた。
総司はじっとその手を見ていたが、もう一度苦笑してからセイを見て、その小さな手を掴んでセイを引き寄せた。
「え?」
あっという間に総司の胸に抱き抱えられたセイは、戸惑いながら身じろぎする。
総司はそんなセイを更に強く抱え込み、セイの耳元で静かに、と囁いた。
「先生…?どうなさったんですか?」
うごきを止めたセイが、小さな声で総司に問う。
その間も、セイの胸の鼓動は大きく音を立て、今にも口から飛び出しそうなほどに暴れている。
「ああ、温かい…神谷さん…。お願いです、暫くこのままで…」
耳元に聞こえる総司の囁く声に、セイの鼓動はますます大きくなる。
ゆっくりと体に掛かる総司の重さに、目眩さえ感じる。
はあ…と大きく息を吐き、体の力が抜けていく総司を支えきれずに、セイもろとも二人、布団の上に倒れ混んだ。
それでもセイを離さない総司に、セイはますます混乱する。
(先生!ここ、屯所です!)
わたわたと暴れだしたセイを、総司は無意識なのか、腕に力を込めてセイを押し止めようとしたのだが。
その時、不意にセイの鼻に覚えのある匂いが掠めた。
(これ、血の…匂い。)
少しずつ白くなる明かりの下で目を凝らすと、総司の着物の衿に、真新しい、赤い染み。
(そっか……)
昨夜総司は、副長や原田達と何処かに出ていた。
試衛館にいたころからの顔ぶれだったから、てっきり遊びにいったのかと思っていたのに。
(私の知らないところで、鬼に…)
セイがゆるゆると腕を伸ばし、総司の頭を抱え込む。
「先生……」
愛おしさを込めて、総司の頭を抱える腕に力を込める。
総司も、セイの背中に腕を回し、きゅっと力を込めてきた。
「神谷さん…少しだけ……。夜が空けるまで…こうしていてください」
絞り出すように呟く総司に、昼間の飄々とした姿も、敵に対峙して冴え凍る月のような冷たさも感じない。
そこにいるのは、ただの、沖田総司。
「お気の済むまで……。神谷はいつもお傍にいますから…」
一体この人は、どれだけの思いを殺して、鬼であろうとしているのか。
障子越の明かりは、刻々と明るさを増し、もうすぐ起床の太鼓が鳴る。
その音で、この人はまた鬼となって、この夜を捨てて前を向いていくのだろう。
それなら、夜が明けるまでの、この黎明の空の下。
今だけは、ありのままの、沖田総司でいて欲しい。
セイはもう一度、総司を抱える腕に力を込めてから、そっと目を閉じた。




************


ご無沙汰しております。
リハビリ兼ねて、とりあえず一つ。

11月復帰って言いましたが、まだセーフ?ヽ(^o^;)ノ
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いただきましたのに…

ご無沙汰しております。


末ムスメの入園前のバタバタなど、9月末から10月いっぱいは時間が取れず、更新どころじゃなくてすみませんでした。
生きてます。
コメントいただきました皆様、御心配をお掛けしました。




runaさまのところから頂いたイラストに、小話をつけようと、書くだけ書いてアップしてないのがありましたので、今日はそれを上げます。


とにもかくにも、11月1日の、入園面接をパスし、無事に入園が決まらないことには落ち着かないもので。
絵が素敵すぎて文章が追い付きませんが、平に御容赦を。


11月になりましたら、また復帰予定です。
その節は、よろしくお願いいたします。









**************




「沖田先生…。今宵は…泊まられますか?」
セイ太夫の掠れた声が、宵闇に消えていく。
総司を見下ろし艶然と笑む姿に、総司は喉を鳴らして最後の酒を飲み込んだ。


その娼妓と総司が初めて会ったのは、三月前の、十五夜の夜。
土方や原田達が揃って出た月見の宴席に呼ばれた、花の一人だった。
総司の隣に座り、酌をしてきたその花の、温かな笑みに目を奪われた。
宴席が終わり、それぞれが相妓に連れられていく。
総司もその花に連れられ、部屋を出た。
花に名を尋ねれば、セイ太夫だと言った。
薄い灯りの元で見るセイ太夫の笑みは、さっきの日向のような温かさから、今は月の光の如く妖艶な笑みに変わり、総司はさすがに太夫を張るだけのことはあると感心したことを覚えている。
普段なら決してしないのに、セイ太夫に手を取られ、褥へと誘われ、打ち掛けを外す衣擦れの音に酔わされ、気付けばその甘い肌に溺れていた。
腕の中、愉悦に身を捩り、細く白い指で総司の癖のある髪を梳きながら、高く啼くセイ太夫に捕らわれた。
ふるりと震える柔らかな二つの膨らみを鷲掴みにし、頬張る度に、郷愁に似た切なさに胸が熱くなる。
男は皆、こんな思いを抱きながら女を抱くのですか…。
敬愛する兄分達が何を求めて遊郭に行くのか、総司はセイ太夫に穿ちながら、初めてその理由(わけ)を知った気がした。
以来、総司は人が変わったように島原へと通い始めた。




今夜は朝までセイ太夫と共にいるために、外泊届を出してきた。
総司の膝に跨がり、その精悍な頬に手を添えたセイが、甘えるように総司に尋ねる。
総司も、白く円やかなセイの尻を撫でながら、うっとりと目を閉じて頷いた。
「ええ…今宵は朝まで貴女と共にいますよ…」
裾が割れ、剥き出しになったセイの太股に手を這わす。
途端、セイの瞳はじわりと潤み、玉虫色に輝く、紅を佩いた唇から熱い吐息が溢れ始めた。
「ああ…沖田先生…」
呟きごと奪うように口付ける。
小さく震え始めたセイ太夫の衿を押し広げ、総司はセイの肌に沈んでいった。


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ひなげしの恋 (七)




セイとお糸は、二人前後になりながらも、何の気もなく川縁の道を歩いていた。
だが、次第にセイは、首の後にちりっとした気配を感じ始めていた。
この感じは…。
覚えのある気配に、素早く目を走らせる。
後から二人、殺気を纏った浪人がセイ達の後を付けてきていた。
それもかなり間近に。
気付かなかったな。
お糸と話すのに気を回しすぎ、周りの気配に気を配り損ねた。
今日は先生がいないのだから、気を引き締めなきゃいけなかったのに。
後悔しても、間に合わない。
とにかく今は、お糸を無傷のままこの場を脱する事を考えなければ。
町中に出れば、役人もいるはず。
「お糸ちゃん…」
セイは振り向き、お糸の肩を引き寄せその耳元に呼び掛けた。
真っ赤になって身を竦ませたお糸を抱え込むようにして、囁きかける。
「ごめん。何だか付けられてるみたい。ちょっと大変なことになるかもしれないけど、お糸ちゃんは必ず守るから。安心しててね。」
さっと顔色を変えたお糸の肩を抱いたまま、セイは人気のある方へと足を向ける。
だが、肝心な曲がり角には、剣呑な目付きの浪人風の男が影から殺気を放っていて、お糸をつれている今の状況では切り抜ける自信がないために、大通りへと曲がることができない。
背後からはヒタヒタとさっきの男達が付いてくる気配もするし、張り付いているという監察方が、今の状況に気付いて助けを呼んでくれているだろうという、僅かな希望に縋るしかない。
三本目の角を通り過ぎ、これ以上先に行くと助け手が来るのに具合が悪くなると懸念していた四本目の角の気配を、セイは素早く伺うが、どうやら此処には怪しい様子は見られない。
精一杯の早さで歩いているお糸の体力を思うと、罠かもしれないがここで曲がる以外に他はない、と考え、セイは一瞬真っ直ぐ通り抜ける振りをしてから素早く歩みを横の路地に向けた。
「大丈夫?頑張ってね。」
腕の中にいるお糸の息は荒く、顔色も悪い。
自分のせいでお糸をこんな目に合わせているのかと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
「ごめんね。もう少しで大通りにでるから。大通りまで行けば、流石にあいつらも変なことをしようとはしないとおもう。」
「あ…あの、清三郎様…あの…」
きっと訳を知りたいんだろうな、と荒い息の合間に必死に何かを訴えてくるお糸がいじらしく、セイはきっと前を向いて足を進める。
あともう少し…という所で、目の前にまた殺気を放った浪人が現れた。
ざ、と砂擦れの音がセイ達を囲むように響く。
回りには凡そ20人弱の浪人達と。
「商人…?何故?」
一人だけ刀を差さない、町人髷の男が一人。
だが、燃えるような目でセイを睨み付けている。
その視線の意味するところが分からないセイは、お糸を背に庇い周りを睨み返しながらも、これはどうしたことか、と思い始めた。
「お糸。」
不意に商人風の男が口を開いた。
お糸の体がびくっと震えた。
「お糸ちゃん…あの人知ってる人?」
男達から目を離さず、セイは背中にいるお糸に話しかける。
だが、お糸は小刻みに体を震わせるだけで、セイの問い掛けには答えない。
「お糸。こちらへおいで。私はお前を死なせたくはない」
商人の男がもう一度お糸に話し掛けたが、お糸は更に身を縮めてセイの背中に隠れるだけだった。





「もう行きますか?先生」
セイを囲む浪人達を捕縛するべく、一番隊と三番隊が路地の影から目を光らせていた。
相田と山口が総司と斎藤の脇に控え、命を待つ。
総司は、私情を一切捨てようと決め、浪人全員の捕縛のまたは切り捨てるため、ひたすらにセイ達を見詰め、突入の時機を待つ。
だが、一歩間違えれば手遅れとなり、セイが討たれてしまうかもしれないという思いを取り除く事はできなかった。
息を詰めて機会を伺うが、一人の商人が何やらセイたちに話し掛けていて、緊迫した時間だけが過ぎていく。
誰か一人浪人が動いたら、と思うが、皆刀に手をかけたまま微動だにせず隙がない。
たらりと総司の額に汗が流れる。
きりきりと張り詰めた緊張の中、誰かがぽんと総司の肩を叩いた。
振り向けば、斎藤の眉一つ換わらぬいつもの冷静な顔があった。
「しっかりしろ。あんたの弟子はそう簡単にやられるのか?もっと神谷を信じろ。」
叩かれた肩には、かなり力が入っていたのだろう。
額に汗が流れていた事など、かつて一度もなかったはず。
総司は一度軽く頭を振って、冷静になろうと努めた。





******************

次男に、「お母さんは大人の階段登ったの?」と聞かれました。
何故?
登ったけど、中二の踊り場に戻ってきちゃった、とは言えませんでした。
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春爛漫



目を細めてベランダを見れば、やっと手に入れることができたセイが、何かを歌いながら機嫌良く洗濯物を干していた。
空は澄み、風は心地好く、申し分ない朝なのに、ちょっとばかり寂しいのは、やはり昨夜腕の中から離さなかった筈の妻が、離れていたせいか…。
そんな事を思い付いた自分に苦笑して、半袖のTシャツを被って、トランクスの上からショートパンツを履き、ベッドから抜け出してリビングへと回った。
結婚式を終えてすぐ、セイを守るためにと京都を引き払い東京に戻ってきて、早くも2ヶ月が経つ。
仕方がないとはいえセイを置いて仕事に出て、寂しい思いをさせていると思って飛ぶように帰って来ていたのだが、近頃はどちらかの姉が来ていたり、姪と遊んでいたりと、セイも中々忙しいらしい。
いつだったかは、夕飯の支度をしているセイと姉二人のところに帰宅したのだが、セイとただいまのキスどころか話すことさえままならず、それに不満な顔をしていたら、下の姉に睨まれた。
「亭主元気で留守がいい、っていうでしょ?セイちゃんだって、あんたに四六時中付きまとわれたら鬱陶しいわよ。たまには私達に貸してよね。」
とまで。
待て待て待て…。
セイにまとわりついているのは、どちらだ?と言い掛けたが、屈託無く楽しそうに笑う妻を見ていたら、夜は独り占めなんだから、と思い我慢することにしたのだ。
その日、上の姉が帰るときに、
「聡ちゃん、にやにやしすぎ。いくらセイちゃんが好きでも、夜はゆっくり寝かせてあげなさいよ」
と言われたということは…。
顔に出ていたんだろうな…と、その後で一人洗面所の鏡の前で反省したことは、セイには内緒にしている。
ごめん、キン姉さん…無理です…。
どんなに反省したところで無理は無理、と開き直るとこにして、その夜は片付けを手伝い、風呂の準備もし、セイと一緒に入って、体を拭くのももどかしくベッドに抱えていって、殆ど明け方まで離さなかった。
腕の中で歓喜に震え、身を捩り、愉悦に眉根を寄せては縋り付いて声高に啼くセイに、愛おしさが溢れて止まらなくなる。
どれ程抱いて貪り続けても、セイを欲しいと思う気持ちは満たされること無く、その為いつもいつも無理を強いてしまう。
気絶するように寝入るセイを腕に抱えて寝る幸せを我慢しろだなんて、姉も無茶を言う、と思いながら目を閉じたのだ。
昨夜もそんな風にしてセイを抱いて寝た筈なのに。
いつ、ここからすり抜けていったんだろう。
昨夜、あんなに縋り付いて離れなかったセイ。
見上げてきた、熟れた葡萄のような潤んだ瞳が脳裏をよぎる。
「あーあ…、今日は休みだし、仕方ないですよね。」
自分の体の素直な反応に、笑いたくなる。
リビングからベランダに続く掃き出し窓を開けた。
「おはようございます、セイ。」
ふわりと揺れる洗濯物の向こうに、温かな笑顔。
「おはようございます、総司さん。」
ベランダのサンダルを履いてセイの後ろに立ち、セイが物干し竿に掛けていたバスタオルに洗濯挟みをつけていく。
「ああ、今日は休みの日なんだから、寝ていてもいいのに。早起きして洗濯なんて。」
腕に囲い混んだせいか、セイの頬が淡いピンク色に染まり始めた。
「二人でやれば、すぐ終わりますよ。」
わざと耳元に口を寄せて囁けば、バスタオルを摘まむ手が、ピタリと止まった。
「早く終わらせましょう?」
と続けると、セイは更に真っ赤になって、無言でバスタオルを並べていく。
全てを干し終え、洗濯かごを手にリビングに二人で入る。
レースのカーテンを閉めるセイの手を握り混んだ。
「総司さん…朝御飯…は?」
「その前に…ね?」
もう片方の腕でセイの腰を拐う。
洗濯物の籠も、朝食も、全てはセイを食べてから。
「私を起こさずに先に起きるなんて…。ひどい人ですね。それなら休みの前の夜は、遠慮すること無く、もっと激しくしても大丈夫そうですね。」
抱き上げたセイにそう言うと、セイは瞳を潤ませて上目使いで一言、ばか…とだけ言って、自ら擦り寄ってきた。
今日の休みは、これで一日中家にいることになるだろう。
夕方、きっとセイは怒るだろうから、この前仕事帰りにみつけたチイサナイタリア料理の店に連れていこう。
一緒に美味しい食事をして、ワインを…。
あ、虎になるんだったか。
そこは、昔と変わらないな。






**********

まだまだ先の話ですが、ものすごくいちゃいちゃする姿が書きたくて…

続きませんから(笑)
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おつつさま

こんにちは、きくりん3です。

私も

おつつさまにお知らせします。
パスワードについては、告知カテゴリの中に、パスワードについて、と書かれた一文がございます。
もし、見つからずにお困りでしたら、メールアドレスを教えてくださいませ。
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届いてない方、いますか?

こんばんは。
きくりん3です。


裏倉庫の申請を下さった方で、まだ返信が来ていないという方がいらっしゃいましたら、御一報くださいませ。


月が綺麗ですね。
明日も晴れそうで、嬉しいです

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ひなげしの恋 (六)

「え…?」
「すみません。今日は他行があって、隊の皆さんと出なければならなくなりました。」
お糸と会う時は、必ず総司が影から見ている筈なのに、今日はどうしてもと局長直々の命で一番隊の隊士達と出ると言う。
済まないな、と総司の後ろに控えた相田がセイに言ってきた。
見れば、セイを除いた一番隊の面々がずらりと揃い、中には鉢金や籠手などを付けた者もいて、物々しい雰囲気だ。
「私だって一番隊の一員です。私もそちらに行かせてください。」
とセイが総司に一歩近寄る。
だが、総司はきりっとセイを見据えて、
「貴女には副長から直々の命が出ているでしょう?」
ときつい言葉が返ってきた。
総司のこの声を聞いてしまったら、セイは黙るしかない。
失礼しました、と頭を下げ、内心に悔しい思いを隠して総司の言葉を受け入れた。




セイはがっくりと肩を落としながら大階段を降り、前庭を横切り門へと歩く。
途中、斎藤率いる三番隊が、やはり物々しい身支度をして並んでいるすぐ脇を通った。
三番隊も出るほどの大捕物なのか、と益々総司に付いていけないのを悔しくも悲しくも思った。
たが、隊長の斎藤は、ひどく落ち込んだセイに気付くと、セイを呼び止めた。
「何でしょうか?斎藤先生…」
肩をおとしたまま、覇気の無い声で話すセイは、そう言っても尚顔をあげる様子もない。
しばらく黙ってそんなセイを見ていた斎藤は、ぽんとセイの肩に手を置き、
「お前も今からか?自分に下された命を全うしろ。」
と、静かな声を掛けた。
それでもセイは顔をあげることなく、力なく、はいと答えると、斎藤から一歩下がって、失礼しますとぺこりと頭を下げ、また屯所の門へと歩き出した。






通いなれてきた道を一人歩くセイは、今日ばかりはいつもの様には歩けない。
下を向き、とぼとぼと歩く武士は余程目立つらしく、擦れ違う者達が驚いた目をしてセイを見ていたのだが、セイはそれにさえ気付かぬほど、意気消沈していた。
確かにお糸と会うのは、私に下された命令だ。
でも…それでも…。
先生が命を懸けて戦う場に居たいが為に、女子を棄てて今この場にいるのに。
何故私は独りでこんな所を歩いているのだろう…。
俯くセイの目線の先には、橙色のひなげしが風に揺れていた。
不意にセイは立ち止まり、しばしそのひなげしを見るともなしに見ていた。
風を受けて、右へ左へと花弁を揺らすひなげし。
その儚い姿が、自分の心に重なる。
先生の傍に…。
でも、お糸ちゃんと会うのが命令だ…。
揺れる心を持て余し、溜め息さえ出てくる。
これが、総司と同じ様に命を張る程の重い命令なら、こんな風には悩まなかっただろう。
命の危険もないこの場所で、命を張る総司の無事を祈るしかできないなんて自分には耐えられない。
「やっぱり私、お嫁さんなんて無理。」
はあ…と息を大きく吐いて、がっくりと項垂れた。
余程惚けていたのか、すぐ後ろに誰かが近寄ってきたその気配に全く気付かなかった。
急に目が塞がれた。
ふわりと薫るこの匂袋は…。
「誰か分かる?」
「お糸ちゃんだよね。」
当たり、と弾んだ声に振り向けば、ひなげしに負けない、可憐な笑顔。
「どうしはったん?清三郎様。今日は何だか疲れてはる?大丈夫?」
セイを気遣うお糸の優しい声に、セイの心にあったモヤモヤとした胸の支えが、ゆっくりと消えていく。
何だろう、この感じ。
笑顔って人をこんな風に支えるのか、とセイは思わずまじまじとお糸の笑顔を見つめていた。
「いややわ…清三郎様。そんなん見ないで…」
お糸が恥ずかしがって袂で顔を隠してしまう。
セイは思わずくすりと笑うと、お糸の手を取り歩き出した。
そうだ、これが私に下された命令だ。
私だって新選組の隊士の一人。
先生に顔向けできないような、不様な真似はしたくない。
武士として、下された命をやり遂げなければ。
雑念を払い、意識をお糸に集中する。
できるだけ穏やかな笑みを浮かべてお糸を見て、ありがとうと笑い掛けた。
お糸の頬はたちまち上気し、淡い紅色に染まっていく。
仲睦まじく歩く二人の姿は、まるで対の人形のように微笑ましく見えた。
そんな二人を、物陰に潜む浪人らしき男達がじっと様子を伺っていた。






******************

温かいコメントをたくさんいただき、ありがとうございました。
よよ、感涙(T_T)
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すみません

ひなげしも、あちらも、煮詰まっててすみません。
忙しいせいか、思い付くのは大人テイストばかり…健全なの書こうよ、と一か誰かに怒られそうな気がします。

そんな中、花の名残の続きになるこばなしをあちらにあげました。
お暇な方は、どうぞ。
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花の名残


体が疼く…。
昨夜の先生との逢瀬の名残が、体に纏いついて離れない。
昨日、初めて結ばれた。
先生は狂ったように私を何度も求め、貪り尽くしていた。
破瓜の痛みよりも、総司逞しい腕の強さと厚い胸板の重さと、求められる悦びに涙を流した。
淡く柔らかな双つの膨らみを頬張り、舌を這わせる先生の姿に、愛おしささえこみ上げた。
『啼いてください…セイ…』
耳には、快楽に抗えずに掠れた先生の、甘い声。
思い出すだけで、じわりと体が熱くなる。
すぐにでも先生の腕の中に入り込んで、また肌を合わせたくなる。
『セイ…綺麗ですよ…』
真っ白な肌に唇を這わせながら、先生はそう呟いた。
熱い秘所に穿ちながら、
『セイ…気持ちいい…です…』
と叫んでいた。
目をそっと胸元に落とせば、鎖帷子の影に赤い花びら。
胸にも腹にも、内股にも、着物に隠れたありとあらゆる場所に散った、赤い花。
その一つにそっと指を当てる。
昨夜の先生の声も息遣いも、体が全て覚えている。
先生…好き…
どうしよう。堪えきれない。
次の逢瀬はいつになるの?
こみ上げる思いは胸を焦がし、溢れた吐息は人知れず空に消えた。





「そんな顔をしては、駄目ですよ。」
背後から聞こえた声に、はっと我に返る。
すみませんでした、と音が鳴るほどの勢いで頭を下げる。
ぴりりとした雰囲気の中、恐々顔を上げてみれば、先生がじっと睨み付けていた。
……非道い人。
私をこんな風に変えたのは、他ならぬ先生なのに。
『女子がいかなるものか学ぶなら、貴女がいい』って言ったのに。
一人でけろりとしているように見えて、癪に触る。
悔しさに下唇を噛んで俯いていたら、先生が怒った顔のまま一歩こちらに近づいた。
思わず引いてしまった肩を捕まれ、そっと耳に囁かれた。
「そんな潤んだ目をしていたら、何を欲しているのか一目瞭然ですよ。」
くすりという笑い声を残し、廊下の向こうに去っていく先生。
馬鹿ー、と叫ばなかった私は、なんて辛抱強いのだろう、と思った。





*********

裏?ちょっと迷いましたけど、軽いからこちらに。
ひなげし、煮詰まってますよ。へっへっへ。
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切望

腕の中で神谷さんが泣いている…。
一人隊を抜けた神谷さん。
本当はどれだけ私の隊に居たかったのか、その熱心な姿を見てきただけに、胸に迫る。
隊を抜け局長の小姓兼医薬方になったのに対し、副長に異論を出さなかったのだから、私は彼女の涙を受け止めなければならない。
異論を出さなかったのは、私のわがままでもあるのだから。
私の着物の背をぎゅっと握り、嗚咽を洩らして泣きじゃくる姿が辛い。
ひとえに、この人にはもう危ないところには居て欲しくなかった、それだけの願いが、こんなにもこの人を苦しめている。
戻りたいと口には出さない神谷さんの、心の中の叫びが頭の中に木霊する。
だけど。
どれ程この人が願おうとも、私はもう二度とこの人を隊に呼び戻すことはしない。
日を追うごとに、町は剣呑な雰囲気に飲まれ、皆が息を潜めて成り行きを見守っている。
不逞浪士達はますます影に隠れながら、牙を研ぎ、反撃の機会を伺っている。
荒ぶる波はすぐそこまで近付いてきているのが、肌で分かる。
いずれ戦になるだろう、と誰もが言う。
その時、私は敬愛する局長と共に、戦場を駆け抜ける。
その時、神谷さんには危ない目にあって欲しくない。
矢面に立つのは、私だけでいい。
神谷さんには、笑っていて欲しい…願わくば、私だけのために。
この人が笑っていてくれたなら、私はなにも恐れることなく駆けていけるだろう。
たおやかな背中を、幼子をあやすようにとんとんと叩く。
嗚咽は少しずつ小さくなり、やがて消えた。
おずおずと小さな体が離れていくのが切なくて、手のひらだけを神谷さんの背に残した。
「あの……お恥ずかしいところを……失礼しました。」
そう言う彼女の顔を、ただ黙って見ていた。
苦しさを飲み込んで、この人はいつもこうやって前を向く。
その器の大きさに、尊敬の念すら抱いてしまう。
「貴女がこんな風に泣くのは、久し振りですね。まだ私の胸で泣いてくれるんですね…」
誰よりも大切な人の願いを無下にする小さな私を、この人はまだ頼りにしてくれている。
頑張らなければ。この人のために。
この人の頼りとなる器になるために。
「屯所に残っていても、貴女は常に私の傍にいますから。お役目が違っていても、いつも心は一緒です。」
だから泣かないでください」
この人をここに残していても、私はいつもこの人を傍に置いて走り続ける。
この人の心があれば、私は走れるのだから。
「だから、笑ってください、神谷さん……貴女には、笑っていて欲しいんです。いつものように、お日様のような笑顔で。」
ね?と笑い掛けると、ようやくぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。
……ありがとう、神谷さん。






***************

さてさて、本屋さんに行って参ります。
今月号は、少しは明るい場面があると良いなあ…
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郷愁

事あるごとに、先生があんな心配な顔をしてこちらを見るようになったのは、何時からだろう。
気付けば、先生は私を外に出さない様に、屯所に控えていられるように、と気を回すようになっていた。
とうとう、一番隊も降ろされて、今は局長付きの小姓と、医薬方に。
まるっきり、嫁のようじゃない。
最初は嬉しかった。
それこそ、部屋の中で跳ね回るほど。
その時手にしていたのが下帯、というのが何とも男所帯の悲しいところだけれど、先生の帰営を待ち、局長の膳とともに先生が膳も揃え、時には湯の支度もする。
行ってらっしゃいませ、と見送り、お帰りなさいませ、と迎える。
それが嬉しくて堪らなかった。
でも…。
「神谷さん…」
今夜も襖の向こうから、先生の呼ぶ声。
局長はお孝さんのいる休息所へ、副長は島原の娼妓から艶文が来て、その妓の元へ。
他の隊長の部屋から少し離れた私と先生の部屋の回りは、しんと静まり返っている。
「神谷さん…寝ちゃいましたか?」
先生の囁き声が少し大きくなる。
背を向けて、聞こえない振りをしてしまえばいいのに、ついつい返事をしてしまう。
「……起きてます。」
布団から起き上がり、先生の部屋との境の襖をあける。
先生は布団の中から私を見上げ、にっこりと笑った。
「また、お寂しいんですか?」
二十歳を幾つも過ぎた筈なのに、先生は独り寝が寂しいから、とこうやって副長も局長もいらっしゃらない夜に、私を呼ぶ。
そして、布団を持ってこさせて隣に敷く様に命じ、二人で並んで寝たがるのだ。
何も言われない内に、布団を抱えて先生の布団の隣に敷いた。
先生と向かい合うようにして、横になる。
「だって、今まで散々皆さんと寝ていたんですもん。急に一人部屋なんて、寂しいでしょう?」
さあ、なにを話しましょうか、と行灯の灯りの下でも分かるくらいに目を輝かせている。
一応は尋ねてくれるが、話すことはいつも同じ。
一緒に京の町を走り回っていた頃の話。
二人で精進し、神谷流を作っていた頃の話。
共に同じものを見て、走っていた頃の、話。
嬉しそうに、楽しげに話す先生を見ていると、いくら隊のためにと諭されたと言っても、一番隊に帰りたくなる。
また一緒に隊務をこなし、先生の一番お傍に付き従い、先生をお守りする。
私の望みのままの毎日に、帰りたくなる。
「神谷さん…貴女…」
先生が布団から手を延ばして、私の頬に手を添えた。
先生は骨張った硬い親指が、私の目元をなぞる。
その時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「神谷さん…どうしました?私が居ない内に、屯所で何かありましたか?」
優しく問う先生に答えようと思うのに、喉の奥に塊があって、声がでない。
代わりに出るのは涙と嗚咽だけ。
堪えたいのに堪えきれない涙が、後から後から頬を伝って流れるばかり。
「……神谷さん」
先生の腕が、そっと私の肩を抱える。
そのまま先生の掛け布団の中に引き寄せられた。
「泣きたいなら、泣いてしまいなさい。今なら誰も聞いてませんから。」
染み入るような先生の優しい声に、とうとう堰を切ったように泣いてしまった。
先生にすがり付き、先生の着物を涙で濡らし、先生の胸に嗚咽を洩らして。
帰りたい、帰りたい、帰りたい。
先生の一番のお傍に、帰りたい。
嫁になんて、ならなくていい。
ただ先生の傍に。
先生の背に腕を回して、ぎゅっと着物を握ってしまう。
先生は私の背に腕を回して、黙って優しくとんとんと背を叩いていた。
暫くすると、自然と涙も止まってきた。
「あの…お恥ずかしいところを…。失礼しました」
おずおずと先生から離れる。
先生は黙ってこちらを見ていた。
「貴女がこんな風に泣くのは、久し振りですね。まだ私の胸で泣いてくれるんですね…」
離れていく私の背に手のひらを残し、ぽつんと呟く先生の声が暗闇に溶けていく。
「屯所に残っていても、貴女は常に私の傍にいますから。お役目が違っていても、いつも心は一緒です。」
だから泣かないでください、と言う先生の手のひらが、じんと温かかった。
……寂しいのは、私の方だ。




*********

「ひなげし~」が煮詰まり、逃避中…。
ラストシーンだけは決まってるのに、至る道が見えないの~
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ひなげしの恋 (五)


お糸とセイの次の逢瀬を聞き出せ、と斎藤に言われたのをきっかけに別れ、総司は夕飯を食べるべく隊部屋へと向かう。
鋭いセイにお糸の命運を悟られないようにと大きく深呼吸をしてから、からりと障子を開けた。
「先生、お疲れ様でした。斎藤先生とのお話は如何でしたか?」
残された膳に掛けられた埃避けの手ぬぐいを取り去りながら、セイが尋ねる。
総司はにっこりと笑うと、上手くお願いできましたよ、と答えた。
「それは良かったですね。でも、先生が兄上に頼み事があるなんて、珍しいですね。」
茶碗におひつからご飯をよそいながら、セイが言う。
総司は頬をひきつらせないように、と念じながら、そうですか?と何気ない振りをして答えた。
「斎藤さんに頼み事があるときくらい、ありますよ。」
と、ぽろりと口にする。
セイは総司に茶碗を手渡しながらも、キョトンとした顔をして総司を見た。
蛇足だったか…?
総司もセイを見る。
セイは、それもそうですよね、と自嘲してから、総司に何も感じなかったのか、召し上がってくださいと言い残して席を立った。
きっとお茶を淹れに、賄いへ行ったのだろう。
総司は軽く息を吐くと、箸を伸ばして夕餉を取り始めた。



「御馳走様でした」
総司が箸を置き、手を合わせる。
傍らに控えたセイがにこにこと嬉しそうに笑っている。
総司がお茶を啜っている間に、セイがさっさと膳を下げ、気付けば隊部屋に二人きりになっていた。
他の隊士達は、遊びに出掛けたのだろう。
日も長くなり、出掛けるにはうってつけの時期だ。
総司はまだ熱いお茶を一気に飲み干し、賄いから戻ってきたセイに、出掛けませんか、と誘った。
柔らかな風が吹く初夏の宵を二人で歩く。
お糸との次の約束を聞き出すために連れ出したとは言え、久しぶりの二人だけの逢瀬に、総司の胸も弾む。
隣を歩くセイを見下ろせば、これからの時間を思ったのか、セイの頬は淡く上気し、口許は柔らかく綻んでいた。
行きつけの茶屋に入り、お銚子を二~三本と、あてを頼む。
店の女将も心得ていて、甘いものを添えて持ってきた。
ごゆっくり、と言葉を残して障子が閉ざされ、部屋には総司とセイの二人きり。
先ずは、とセイにお猪口を持たせ酒を注ぐ。
「隊命とは言え、疲れたでしょう。今日はゆっくりと疲れを癒して下さい。」
どうぞ、とセイに呑むように薦めた。
セイはありがとうございます、と笑って、一息にお猪口の中身を飲み干した。
今度はセイが総司のお猪口に酒を注ぎ、先生どうぞ、と薦めた。
「…上手く言っているようですね。今日は土方さんも貴女の手管を褒めていましたよ。」
総司がセイを褒めるが、セイは複雑な顔をしている。
「?。どうかしましたか?」
総司はセイに聞いてみるが、セイは黙って首を振った。
お糸とのことを褒められるのは、複雑な気持ちだ。
隊士としては上々と言われるのだろうが、同じ女子として思うと、どうにもやりきれなくなる。
恋しい男との逢瀬の喜びを知るだけに、お糸が不憫でならない。
ましてやそれを、恋人である総司に褒められるなど…。
「………何でもありません。」
さっきまでの嬉しそうな瞳は翳り、何かしらの思いがあるようなセイの様子を黙ってみていた総司は、セイが言葉少なで口を噤んだ事が気にかかる。
何ですか?と尋ねるも、セイは何でもありません、の一点張りで首を振り続ける。
総司は膳にお猪口を置くと、俯いてしまったセイの腕を取り、膝に引き上げた。
柱に背を預け、セイの体を抱き寄せる。
久しぶりに抱いたセイからは、甘い匂いが立ち上ぼり、総司の鼻を擽った。
「疲れてますね。何を思い悩んでいるのか、話してくれませんか?」
二人きりの時にだけ呼ぶ名前で、セイを呼ぶ。
セイの体が総司の腕の中で、ぴくんと揺れた。
「あの娘さんを騙しているのが、辛いですか?」
「……お糸ちゃんを見ていると、先生を見ている私を見ているような気がします。恋しい人を見上げる女子の顔で、私も先生を見ているんだと…。
それだけに、お糸ちゃんの気持ちを思うと…。
せめて、少しでも幸せな気持ちになってほしいと思ってるんです。
そう思ってるんですけど…。」
「けど?」
「……思ってるんですけど、それを先生に褒められるのは、嬉しくありません。
いえ、嬉しいんですけど、恋人としては…複雑です。上手く言えませんが…。」
きゅ…と総司の衿を掴み、セイが総司に擦り寄ってくる。
滅多にない、セイの甘えに総司の腕の力も、きゅっと入る。
その腕の力に押され、セイは淀みながらも、心に溜まった澱を口に上らせていく。
「もし私が女子のままでいたら…、とか考えてしまって…。そうしたら、お糸ちゃんと楽しくお喋りしたりしていたのかな、と思ってみたり…。それなら、先生との仲はどうだったんだろうって。女子のままでいたのなら……。こんな風に抱き合うこともなかったのかもしれません…」
「……。」
「それでも、先生を好きになってたと思うんです。でも、お糸ちゃんみたいに、先生に艶文を出すなんて、きっとできなかった…。
それができるお糸ちゃんの強さを、羨ましく思っているのかもしれません。だからこそ、あの人には幸せになってほしいと思うんです。私では、無理ですから…。」
「セイ…」
脈絡のない話ですみません、と呟くセイの額に、総司が唇を押し当てる。
「先生…?」
「話してくれて、嬉しいですよ。
……今の命は、辛いですか?」
セイが、こくんと頷く。
ここまでお糸に入れ込んでいるのなら、確かに辛かろうと総司も思うが、それ以上に、こんなに幸せを願うセイを、そのお糸が騙しているのを知っているだけに、ふつふつと怒りも湧いてくる。
「早く副長から隊命を解いて欲しいと思います。そして、お糸ちゃんには、私のことなど忘れて、ちゃんとした人と結ばれて欲しい…」
そう言って目を閉じたセイの背を、とんとんと優しく叩いてやる。
されるがままに安らぐセイに、総司は頬を寄せ、次の逢瀬の約束を尋ねた。
「次は、十日後です。」
「では、土方さんに私から頼みましょうか?その日を最後にしてくださいって。」
ちょっとおどけた口調で総司が言うと、セイはパッと総司から離れて、軽く睨み付けた。
「駄目ですよ。副長には貸しを作りたくありません。」
それが可笑しくて、総司は声を出して笑ってしまった。
笑わないで下さい、と憮然としたセイの唇に、総司は自分の唇を重ねる。
そのまま舌を捩じ込むと、セイがおずおずとそれを受け入れた。
総司はセイの舌を味わいながら、そっと押し倒した。
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夏休みが終わるよー♪

こんにちは、きくりん3です。
終わりますよ…夏休み。
今年はなんて長かったんでしょう・・・(;´Д`)
とは言え、給食が始まるまでは、お昼御飯とお弁当のおかずに悩まされるのですが。
先日、某新聞の読者投稿欄に、「夏休みは2週間でいい」という投書を見つけました。
宿題の親の負担、子どもの負担が昔より増え、反って辛い夏休みなら、2週間集中して、宿題のない夏休みを満喫した方がいいんじゃないか…、という内容でした。
見れば、同じ年代の、同じ所に住む方の投書。
同じことを考えてる人がいて、嬉しくなりましたよ。
折しも息子達の宿題の追い込み期。
なんで毎日、宥め、持ち上げ、時には怒りながら、宿題をさせなきゃならないのか。
某妖怪の言い分ではないですが、嫌々やった所で、身に付くこともないでしょうに。
無理矢理やった宿題に、何の価値があるんでしょうかね。



夏休み中も、拍手やコメントを沢山いただき、ありがとうございました。
また、裏倉庫の問い合わせも多数いただきましたこと、重ねて御礼申し上げます。
あれが好きです、等のコメントをいただくと、えへえへ、と頬が緩んでしまいます。
中には天野先生にも幸せを、と言ってくださる方もいて、すごく嬉しかったです。
オリキャラなのに…。良かったね、先生っ。
いただいたコメントを読み返し、今後とも楽しく精進していきたいな、と思います。
ありがとうございました。



以下、「ひなげしの恋」にいただいたコメントのお返事です。

あんじゅりさま>
我が家の浮様の宿題を心配してくださり、ありがとうございました。
後は、野となろうが山となろうが、親にはどうすることもできませんので、放置決定( ̄~ ̄;)
今回のお糸ちゃんは、ちょっと女狐風というか…
最近ハマった時代小説に出てきそうな女子をイメージしてみました。
よく、異母妹とできちゃうパターンってありますけど、本当にそんなこと、あったんですかねえ。


さくみさま>
夏休み、おつかれさまでした。
お休みがあまりなかった、とのことですが、手の調子は如何ですか?
大丈夫になりましたか?
切なくなる予感、しますか?
今回は、あんまりラブラブさせるつもりはないのですが、のっけからああですから、おもわくどおりに進むか分かりません(笑)
上手く最後に行き着けばいいなと思ってます。



真那さま>
お子様のお熱は、大丈夫でしたか?
って、とっくに元気ですよねえ…ごめんなさい。
子どもって、なんで熱があってもあんなに元気なんですかね~。
親の方が疲れてぐったり爆睡…よく聞く話です。
看病、お疲れ様でした。
黒い先生も受け入れてくださり、ありがとうございます♪
嬉しいです( ≧∀≦)ノ
子どもの前なので堪忍袋の緒を、びろびろに引き伸ばした反動の裏倉庫のブラック先生でしたので、セイちゃんにはかわいそうなことをしてるかも、とか思ったりしましたが、いいよ、と言われたら、書いちゃう♪
その分表のセイちゃんは、男前です。
というか、男前なセイちゃんが好き♪
ひなげしでは、男前なセイちゃんを楽しんでいただければな、と思います。


りんこさま>
本当にすごい勢いですよね、妖怪ウォッチ
かく言う私も、コマさんのファンです。
メダル争奪は勘弁してほしいですが、コマさんメダル欲しさにCDを予約したのは、まだ息子には内緒の話です。
今は末ムスメに怒られながら、ダンダンドゥビドゥバーのブリー隊長と、ダイエットな毎日です(笑)





昨日まで実家に帰省してました。
今年はスカイツリーに行って、ちょっと早いですが、ムスメの七五三の写真を撮りました。
三歳弱でも、ドレスが好きなんですねえ、女の子って。
全身バラの花がついたドレスを着たんですが、脱いだ途端脱ぎたくなかったと号泣されたのには、参りました。




見上げたスカイツリー。
思ったんですけど、タワーとか機関車は、乗るより傍から見てる方が楽しいですよねえ。
静岡の青い機関車君も、乗るより見たい。
スカイツリーも、でかい~って見上げてる時の方が興奮しました。

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ひなげしの恋 (四)


こっち、とお糸がセイの手を引き、桂川の川縁へと足を向ける。
きらきらと光る日の光に、お糸の簪が眩しく光る。
セイは目を細めて、お糸を見ていた。
「あんまり行くと、危ないよ」
大丈夫や、と笑うお糸が、不意に道端に咲く花に目を止めた。
「ああ、うちの好きな花や。」
嬉しそうに見下ろす先には、今は盛りと花開くひなげしの花。
柔らかな日の色のような花びらに、セイの目も柔らかく笑む。
「うち、ひなげしの花が一番好き。強くて、人にも馬にも負けないで咲くんよ…。」
「うん。私も好きだな。」
セイがお糸に微笑む。
「ほんま?清三郎様と一緒やね。嬉しい」
胸の前で指を組んで笑うお糸が、初夏の日差しに照らされて、眩しく見える。
セイはひなげしの花を一本手折ると、お糸の髪にそっと挿した。
「おおきに…。うち、もっと早く清三郎様に出逢いたかった。」
目を伏せたままのお糸が呟く。
セイはあまり深く考えずに、まだ遅くないよと返事をしたが、お糸はただ悲しそうに笑うだけだった。




「中々上手くやってるじゃねえか」
二人を見張る総司の後ろから、声が掛かる。
はっと振り向くと、土方が立っていた。
「何ですか、突然。こんなところに新選組の副長がいたら、目立つでしょうが」
大木に身を寄せて隠れていた総司が、土方の背を押し、木の影に隠した。
「まあ、良いじゃねえか。ほら、神谷の女捌きを見てみろ。上手いもんじゃねえか。あのお糸って小娘、もう神谷に首ったけだな。」
お前も見習え、と土方は言うが、試す相手が手本なんだから意味がないと思う、と言いそうになった。
「お糸については、監察方も張り付かせている。一体何を考えて神谷に近付いてきたのか、間もなくはっきりするだろう。……いざとなったら、お前がお糸を斬れ」
非情な命に、総司も是と答える。
よりにもよって、隊の中でも一番情に篤いセイに、新選組の内情を探るために近付いてきたのなら、元より許してはおかない。
「何だかんだと言いながらも、神谷さんには優しいんですよねえ、土方さんって」
妬けちゃうなあ、と笑った。
「ああ?なんだ、突然。」
「神谷さんが辛いだろうから、私に斬らせるんでしょう?」
「……女を斬るのは嫌なのか?」
片頬を上げ皮肉な笑顔を見せる土方に、総司もふっと笑んで見せる。
「隊命とあらば、斬ってみせますよ。」
「ふうん…まあ、その後の泣き虫小僧の面倒は、お前が見るんだな。」
そう言い置いて、土方がするりと総司に背を向け歩きだす。
その後を、監察方の人間が、ちらりと総司を見て頭を下げ、人込みに紛れて土方の後を護衛していった。
それを見て安心した総司は、セイ達に視線を戻す。
見たところ、お糸はセイを純粋に慕ってるようにしか見えなかった。




お糸を送り届けた帰り道、セイはさっきの思いに捕らわれていた。
今、総司と恋仲になれたのは、新選組にいて、常に総司の傍にいたからだ。
互いの思いを口にするまで、総司は妻子は柵でしかないと言い切っていた総司。
一体どんな思いでセイの恋を受け入れたのか。
「まさか…入隊させた責任……とか。」
そんなことなら、セイを離隊をさせればいいこと。
セイに触れる総司を思えば、そんなことではないと分かってはいるが…。
もし新選組に入っていなければ。
女子のままであったなら。
総司はきっと、セイを受け入れることはなかったはず。
「私は、お糸ちゃんみたいに、恋文を渡せたかなあ…」
どんな立場であっても、自分は総司に恋をしていたはずだと確信している。
それがどんな結果になっても、セイは総司を恋しく慕い続けただろう。
女子の気持ちが分かるだけに、お糸の気持ちを思うと、密命で近付く自分が情けなくなる。
決して実るはずのない恋に胸を焦がすお糸に、せめて一時でも幸せであってほしいと、できるだけのことをしようと拳を握った時、
「神谷さん!」
屯所の前の、最後の角から総司が顔を出してきた。
不意に呼ばれたセイは、総司の顔を、ただ黙って見上げるだけで、なにも言わない。
いつもと違う様子のセイに、総司は不審に思い、
「何かありましたか?」
そう訊ねた。
まさか帰営までの、ほんの一時の間に、セイに何かあったんだろうか、と心配になる。
ところが、総司の心配を他所に、セイは静かに俯くと、何でもありません、と首を横に振った。
その仕草がいつもと異なり、しっとりとした風情があるように見える。
ますます訝しむ総司に、セイは微笑んで、行きましょうと屯所へと足を踏み出した、
総司は、そんなセイを追いかける。
目の前で揺れる小さな肩に、総司はこっそり溜め息を吐いた。




ただいま戻りました、と何事もなかったように、セイと総司が帰営する、
足を洗い、手を濯いで階段を上がると、斎藤が近付いてきた。
「今帰りか?」
総司とセイに話し掛けてきた斎藤の雰囲気で、何か動きがあった事を察した総司は、斎藤に目配せすると、何とかセイからさりげなく離れようとした。
「ああ、斎藤さん。ただいま帰りました。ちょうど良かった。頼まれてほしいことがあるんです。ちょっとお時間をいただけますか?
そんなわけで神谷さん、私のお夕飯のおかずをお願いします。」
そう言ってにっこりと笑うと、セイは疑うことなく、お任せください、と胸を叩いて、賄い所に向かって歩き出した。
その背を見届けた斎藤が、
「あんたは…嫌なやつだな。」
とぽつりと呟いた。
「不必要に泣かせたくはないですからね。それで、何か分かったんですか。」
総司が斎藤にそう言うと、斎藤は黙って踵を返し、責蔵に向かった。




「例の献残屋の関係の、不逞浪士が捕まったんだが…」
珍しく言葉を濁す斎藤を、総司は黙って見つめている。
「長兄が跡を継がず、次兄が継いだわけが分かった。前の主が女道楽が激しくてな。その主がまだ独り身の時に手をつけた奉公人から生まれたのが、長兄だ。その後、妻を娶り、本妻が次兄とお糸を生んだ。長兄は女道楽の部分を父親から継ぎ、兄弟として育った筈のお糸を力尽くでものにした。お糸も嬉々として、長兄を受け入れた。お糸は浪士達の前で、女房然として振る舞っていたそうだ。
今回の神谷の事は、長兄がお糸を使って来たのかと思ったんだが、お糸が言い出したようだ。
まあ、野暮天なあんたに言っても分からんだろうがな、好き者が見れば、お糸はかなりの上玉に見えるだろう。
神谷であれば、手玉に取れると踏んだんだろうがな。
ところが、ここにきて最初の思惑と違ってきた…」
「お糸が神谷さんに…?」
「ああ、岡惚れしたんだな。本気で。
お糸は神谷と会うようになって、段々長兄を冷たくあしらいだした。長兄は組の内情を探る話はどうなってるのか、と仲間の前でお糸に詰め寄った。だが、逆にお糸に怒鳴られたらしい。もう、放っておいてくれ…と。
長兄は横恋慕された上に面子も潰されたとかんかんに怒って、不逞浪士達を一挙に集めている。」
「はい?」
「男の悋気は醜いな。神谷一人に、20人からの浪士を使って襲わせるそうだ。次の逢い引きの時にな。」
斎藤はふんて鼻で息をはく。
「たかが平隊士に、20人もの浪士を向かわせるなんて…。神谷さんも随分高名になりましたね。」
「池田屋の英雄だからな。不逞浪士共には、花の阿修羅だと恐れられているらしいぞ。念には念を、というところなんだろう。」
池田屋の事を言われると、総司はぐうの音も出なくなる。
体が熱を持ちすぎてぶっ倒れていたのだから仕方がないし、セイに命を助けて貰ったのだから、頭も上がりようがない。
こほん、と一つ咳をした総司は、それで?と話の続きを促す。
「ここからは副長からの命令だ。次の逢瀬の時、神谷を使って奴等を一網打尽にする。あたるのは、一番隊と俺の三番隊だ。だが、神谷には何も伝えるな。あれは良くも悪くも素直だからな。顔に出て、お糸に悟られたらまずい。それと…」
一度言葉を切った斎藤は、まっすぐに総司を見た。
「これはあんたに出された命だ。『お糸を斬れ』だそうだ。とんだ疫病神は早く祓うに越したことはない、と。」
「……神谷さんが泣きますね。」
ふうと総司が息を吐く。
一体どれだけ泣くんだろうか、とセイの消沈具合を思うと、胸が痛い。
それを見ていた齋藤は、ふっと笑うと、
「随分自信がないんだな。俺が神谷を引き受けても構わぬぞ」
と総司を睨め付ける。
総司はその視線をさらりと躱し、おかまいなく、と笑うと、セイが用意しているだろう夕餉を食べに、隊部屋へと向かった。




****************

夏休みも、残り一週間…
後少しだ(*゚▽゚)ノ
皆様も、頑張ってくださいね~
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ひなげしの恋 (三)




非番や隊務の合間に、御神酒徳利と称された二人が、並んで屯所を出ていく姿は、すっかりお馴染みのものになっていたが、ちょっと前までの楽しげな雰囲気はなく、今はどちらも浮かない顔をしている。
噂好きな隊士達がそれに気付かぬ筈はなく、二人が屯所を出た後は、一体あの二人に何があったんだろうかと囁きあった。
「沖田先生と神谷、喧嘩でもしたのか?」
「ここ最近の二人、おかしいよな?」
「神谷が先生の野暮天振りに、ついに堪忍袋の緒が切れたか?」
「斎藤先生が怯んだっていう、神谷の凄い胸毛が原因だって聞いたぞ。」
「俺、この前神谷が女と歩いてるのを見たぜ。」
え?と、一斉に、一人の隊士に視線が集まる。
「本当か?神谷って確か女を囲ってなかったか?」
「片手に囲った女、片手に先生、それだけでも凄いと思っていたのに、もう1人女を作るなんて…。」
「見かけはあんな女っぽいのに、凄いな、神谷」
「神谷さん、格好いいっすね。」
「羨ましいぜー!」
最後にはセイのモテ振りを羨む声は、囁くのではなく、叫び声に近かったが、そんな隊士達の会話を、土方が物陰からこっそり聞いて、にやりと笑った。




とぼとぼと、セイと総司が肩を落として歩いていく。
ついこの前までは、これから始まる二人だけの時間に胸を踊らせ、セイの頬は淡く上気し、それを見詰める総司の目には、蕩けるような幸せが浮かんでいたというのに、今の二人はまるで葬式帰りのようだ。
沈痛な面持ちのまま、いつもは行かない団子屋に着いた二人だが、総司は陽射し避けにと笠を被り、セイは日陰の席へと離れて座った。
それぞれ別に団子を頼み、もそもそと食べていると、
「清三郎様」
と、娘らしく華やかな色見の着物を着た若い娘が、幸せいっぱいな顔でセイに駆け寄ってきた。
そんな二人を、総司はこっそりと盗み見る。
傍から見れば、若い美しい侍と可愛い町娘の逢い引きに見えるのかもしれない。





あの隊命が下った時の事を、総司はだんごにかじりつきながら思い出していた。
「総司、お前は神谷に張り付いて、お糸と神谷の逢瀬を見張ってろ」
「「!」」
セイへの隊命に続き、総司にも密命を言い渡した土方の顔を、セイと総司は二の句も告げず、ただあんぐりと口を開けたまま見詰めていた。
セイにはお糸と懇ろになれと隊命を下し、あまつさえその二人を、恋人である総司に見張らせるなんて。
「ひど…嫌ですよ。どうして先生に見られなきゃならないんですか?見張られなきゃならないほど、私、信用ありませんか?隊命とあらば、私情を捨てて任務に当たりますよ。見張りなんて、要りません。」
さっと顔色を変えたセイが、土方に抗議する。
さっきの総司の悋気を思うと、お糸との逢瀬を見られる事など、考えたくもない。
ちらりと総司に視線を送るが、総司は茫然としたままだ。
「お前の腕が立つのは知っている。だが、さっきも言ったように、お糸の家には不逞浪士どもが出入りしている。お糸が兄貴やその浪士達の手先じゃないとは言い切れねえんだ。
お前がうっかりお糸の色香に迷ってふらふらして、誘われるままに取り込まれちまったら、こっちの情報が筒抜けになっちまうだろうが。」
「色香になんて、迷いませんからっ」
真っ赤になって怒るセイを、土方は鼻で笑って取り合わない。
それどころか、
「お前は存外女の扱いに長けている。お前がどんな風にお糸と懇ろになるのか、野暮天の総司に見せてやってやれ。お前の振る舞いを見れば、総司も何かしら思うところができるだろうさ。」
先生だって女子の扱いに長けていますよ、とは言えないセイは、ぐぐっと口籠るしかできない。
ただ恨めしげに睨み付けるだけのセイを楽しそうに見る土方の笑顔が、いつになく生き生きとしてるのが悔しかった。
そんなセイを制して、総司が背を正し、土方に頭を下げる。
「隊命、慎んでお請けします。」
そう言った総司を見て、土方が勝ち誇ったように笑った。





あの隊命が下った日以降、総司はセイとお糸の事を見守り続けていた。
最初こそ、セイとの逢瀬もままならぬ事にどうしようもない思いを抱えていたのだが…。
深く被った笠越しに、離れて座る二人を見る。
仲良く笑い合う、お糸とセイ。
何の屈託もなく、ただ楽しそうに。
自分は、神谷清三郎が女子だという事を知っている。
その目で二人を見れば、悋気とは違う思いが湧いてくる。
もし、セイが『女子』のままでいられたのなら。
父親と兄が存命で、セイは普通の町娘のままだったなら。
あんな風に友達と連れだって、女子どうしの話で頬を染め、団子を食べていたのかもしれない。
月代を剃ることもなく、手の豆を潰して泣きながら剣の道を歩む必要もなく、大切に守られ慈しまれて、きっと今ごろその年にふさわしく美しく花開いていたのだろう。
普通の女子のように、やがて迎える婚礼に胸をときめかせ、まだ見ぬ夫に夢を抱いていたのかもしれない。
血生臭い自分とは違う、穏やかで優しい夫を。
道ですれ違い、同じ団子屋にいても、今のように離れた席で、互いを知らずに。
その方が……セイにとっては幸せだったんじゃないか。
女子としての幸せも与えられず、剣しか取り柄のない武骨な男よりも、心からの安らぎを与えられる男の方が、セイに相応しかったんじゃなかろうか。
もし仮に、女子のセイと巡りあっていたとしても、女子など不要と思って生きてきた自分が、セイを見初めて妻にするなどなかったはずだ。
可愛い人だな、と思うことはあっても、わざわざ自分で手折るなど、考えることもなかっただろう。
もし、自分がいなければ…。
もし、自分がセイへの恋を隠し通し、セイの思いを拒んでいたら、あの娘は早々に隊を抜け、こうやって幸せに笑っていたのかもしれない。
二人の睦まじい姿は、総司に自分のわがままでセイを傍に置いておくべきではない、と突き付けているように見える。
セイを離隊させようか…。
セイを隊から抜けさせ、誰かに嫁がせる。
今まで取り零してきた女子の幸せを、取り返させてやるべきか。
きっと、近藤や土方に訳を言えば、隊とは無縁の、遠い何処かの優しい男を見つけ、セイを添わせてくれるだろう。
総司は、ぐっと握り拳を握る。
その男は、セイをそっと抱き寄せ、柔らかな唇を吸い、薄い背を撫で、淡い膨らみに手を添えるのだろう。
あの甘やかな声で名を呼ばれ、求められるのだろう。
ぎり…と奥歯を噛んで、耐える。
恋を知らなければ良かったという後悔と、セイを手放すことへの怖いくらいの執着が、総司の中で渦巻いていた。






セイとお糸は団子屋を出て通りを歩き出す。
ゆったりと並んで歩くのが嬉しいのか、お糸はなにくれとなくセイに話し掛けては、ちょこまかと店先を覗こうと小走りになる。
「慌てたら転ぶよ、お糸ちゃん。」
そうセイが注意をすると、へへ…とお糸が笑って頬を染めた。
仕方ないなあ、とセイは笑顔をお糸に向けて、手を差し伸べた。
「おおきに、清三郎様。」
若い娘らしい、鈴が転がるような軽やかな声で応えたお糸の顔は、セイに心配されたのが余程嬉しいのか、とろりと幸せにとけている。
それにしても、自分も女子ではあるけれど、恋しい人といるときの女子は、こんなにも艶めくのだろうか。
お糸は年は十七と言っていたが、頬にできる笑窪のせいで幼く見える。
最初に会ったとき、年端もいかぬ娘と懇ろになろうかという自分が物凄く悪い男になったような気がしたものだ。
だが、何度か会って話をするうちに、それも消え失せた。
ずっと忘れていた、女友達との会話。
甘くてくすぐったくて、いくら話しても尽きない、他愛もない話。
お糸には二人の兄がいるし、セイにも兄がいたから、お糸の話はよく分かる。
時折溢す愚痴も、苦笑してしまうほどよく分かる。
そうだよね、と想うままに口にすれば、お糸の笑顔は輝き、また次の話を始め出す。
ああ、そうだった…。
こんな風に話していたんだ。
もし、父と兄が殺されるような事がなければ、お糸とは別の形で出会っていたのだろうか。
友達になり、互いに兄の愚痴を語り、時には思いを寄せる人の話をこっそりと話し…。
団子を食べながら、二人でコロコロと笑い合う姿を思い描く。
きっと仲好くなれただろう。
もし、父と兄が生きていたら…。
……果たして、総司とは恋仲になれたんだろうか。
「……清三郎様?」
何やら話していたらしいお糸に返事が遅れたせいで、お糸がセイの手をそっと取る。
はっと我に帰ったセイが、ごめんね、とお糸に謝った。
「ちょっと考え事をしてて…。ほんとにごめん。」
お糸はふるふると頭を振ると、
「清三郎様は、お仕事が忙しいんですもの。ええのんよ。でも、新選組って巡察してない間、何してはるの?」
と、セイを僅かに見上げて真っ直ぐ問うた。
セイの体がぴくりと揺れる。
やはり兄や不逞浪士達に言われて、こちらに近付いてきたのか。
口籠ったセイを見たお糸は、あ、と慌てて口を押さえた。
「聞いたらあかんのやった。堪忍なあ、清三郎様」
しゅんと項垂れる姿に胸が痛い。
いつまでこの人を疑わなきゃならないのか、とセイはこんな隊命を下した土方を恨んだ。
「こっちこそごめんね。隊の事を他言したら、切腹だから…」
セイも、しゅんと項垂れる。
俯き合った二人は、やがて目と目を合わせて、ふふふと笑い合った。


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昨夜初めて、妖怪バトルに並びました。
一時間半も…(T_T)
あげく、「中吉」。
バ○ダイめ~。悔しいー(;>_<;)
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ひなげしの恋 (二)

総司と深く唇を繋いだ後、艶やかに濡れた瞳を伏せたセイが震える声で、
「これは先生が持っていてください」
と、懐からさっき貰った文を総司へと差し出した。
セイは、必死な姿の娘の恋心を思ったが、それよりも総司に疚しいところを見せたくなかった。
それをだまって受け取った総司は、自分の懐にしまい込む。
後でこっそり屯所の隅で燃してしまおうと思った。
「貴女は少し後から来なさい。そんな目で屯所の中を歩いていたら、襲ってくださいと言ってるようなものですから。」
分かりましたね、と言い置いて、総司はセイに背を向ける。
はい、と返事をしたセイの小さな声を振り払い、総司はそのまま隊部屋へと戻り始めた。


セイとの仲が、ただの剣の師とその愛弟子の間柄で無くなってから、もう1年も過ぎようか。
肌を許され、セイの全てを手に入れてはいても、やはり忍ぶ恋である故に、時折こうして外から要らぬ風が吹く。
その殆どは、もう如身遷と誤魔化すには無理があるほど艶やかに花開いたセイの女子の匂いを敏感に察した輩が、それと知らずとも念友になれ、と迫ってくる事だったから、その都度総司が盾となり、セイを守り続けていた。
大抵の男は総司が相手だと知ると、すごすごと引き下がったし、諦めきれない輩には…特に隊士であったなら、稽古中に特に目を掛けてやれば、すぐにセイから手を引いた。
だが、今回は、総司がどうこうできる相手でない。
何せ、誰とも知れぬ女子なのだ。
総司は、思わずはああと声を出して溜め息を吐いてしまった。
かつて、セイが女子にモテた時があったが、皆セイが里を囲っていると知るや、あっという間に離れていった。
またこの女子に里とセイの話をすれば、離れていくのか。
のろのろと懐から取り出す、セイへの恋文。
どんなにあの娘がセイへの思いを募らせても、決して成就はしないのに。
そう思うと、娘が不憫な気もしてくる。
せめて何処の誰かだけでも確かめて、セイと二人で『私達は念友同士で、女子の入る余地はない』と話してやるのがいいのか。
足を止めて、セイとの仲を守るための手立てを考えていたせいで、総司は近付いてきた土方の気配に気付かなかった。
封も開けない文を手にしたまま、庭の真ん中で立ち尽くす弟分の姿が気になって近付いてきた土方は、自分が気付かれていないことをいいことに、そっと気配を殺して近付き総司の手からひょいと文を抜き取った。
「あっ!」
「何をぼーっと突っ立って悩んでたんだ?恋文か?」
駄目ですよ、と総司が止めるのも聞かず土方が文を開く。
ざっと目を通すと、にやにやと意地悪い笑顔を見せて、隅に置けねえな、と総司を肘で突いたが、差し出し人の名を読んだ辺りで、顔色を変えた。
「……これは?」
「だめですよ、土方さん。これは私宛ではなくて、神谷さんが貰った文です。恋文なんて、仕事に支障が出るからと、今注意をしてきたところなんですから。」
返してください、と手を出すと、土方は神谷を連れて、副長室へ来い、と言い置いて、文を返さず、そのまま幹部棟に向かって歩き出した。
一体どうしたんだろうか、と思った総司は、はっと我に返ると、セイを呼びにさっきの場所に急いで引き返した。




副長室にやって来たセイと総司を、土方は満面の笑みで迎え入れた。
「どうかしたんですか?土方さん。何か様子がおかしいですよ?」
「副長…笑顔が怖いですよ。もしかして、何か拾い食いでもして、中ったんじゃ…」
土方の笑顔に尻込みした二人に、笑顔をかなぐり捨てた土方がきっと睨み付ける。
「神谷…お前、いい度胸してるじゃねえか。総司じゃあるまいし、俺は拾い食いなんざしねえよ。」
その言葉を聞いて、総司が照れ笑いしながら、あまりにも美味しそうなお饅頭だと手が伸びちゃいますよねえ、とセイと土方に同意を求める。
二人ははっと総司に振り向き、やったのか、と心の中で叫んだ。
場の空気を変えようと、土方がこほんと一つ咳払いをする。
姿勢を正した総司とセイが、真面目な顔を土方に向けた。
土方がぴらりと恋文を小机から持ち上げ、二人に見せる。
「あ!それ。」
セイはすぐにさっきのつけ文だと分かり、どういうことだ?と総司を見た。
総司はセイと目を合わせられずに、在らぬ方を見上げた。
「よくやったな、神谷。お前、この女と懇ろになれ。隊命だ。」
片側だけ唇を上げた、何かを企んでいる笑顔で隊命だと告げた土方に、セイは目を真ん丸に見開き、口をパクパクさせるだけで、声がでない。
総司も、全く予想もしていなかった土方の言葉に、唖然として言葉が出てこなかった。
「……って、なんでそんなこと…。無理です。気持ちもないのに懇ろになれなんて、娘さんが可哀想じゃないですか。」
どうにか正気になったセイが、土方に言い募る。
だが土方は、そんなセイを面白そうに見ているだけで、撤回はしない。
「一体どうしてそんな…。隊命って、どうして…」
ぶつぶつと呟くセイに、土方がまあ聞け、と文を床に広げた。
「この文の差出人は、駒屋のお糸ってぇ娘だ。この駒屋、然程大きな店ではないが、そこそこ繁盛している献残屋でな。今はお糸のすぐ上の兄が継いでやってるんだが、さらにもう一人上に兄がいて、これが家業で得た人脈を使って、長州の奴等を公家の邸に匿ってるらしい。
献残屋…江戸なら商売は旗本相手だが、こっちは公家が相手だ。お公家さんも、食うに困れば、家宝も手放すだろうが、うっかり変なとこに売ればすぐに噂が広まってしまうってんで、出入りの献残屋には頭が上がらない。
そこを上手く突いて、邸の隅を貸して貰ってるようだが、公家にしてみても、買い取りの値に色が付くなら、そんなことは見て見ぬふりをして受け入れてる、とまあ、持ちつ持たれつといったところか。
ずっと監察方に駒屋を張り付かせてたんだがな、いつまでたっても確たる証拠を見せないし、どうしたもんかと思っていたんだが…。
うまい話が転がり込んできたもんだ。
神谷、このお糸って娘をたらしこんで、駒屋の内情と長州者を匿ってる証拠を握れ。」
額を指差されたセイは、隊命と言われ、渋々ながらも是というより他なかった。




*********
献残屋とは、旗本相手のリサイクルショップ、みたいなものですって。
御公家さま相手にやったかどうかは、目を瞑っていただけますと、ありがたいです
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ひなげしの恋 (一)

隊列を組んで、一番隊が商家や宿を改めようとやってきた。
通りの中央に止まった一番隊を、町方の人間は皆遠巻きに見ている。
そんな視線を気にすることもなく、組長である総司の指示にしたがい、隊士達は小さな組に別れて、それぞれに振られた店を見ていく。
セイも今日は山口と組み、割り振られた宿や店の宿帳や帳簿を改めた。
報告をしにセイが一人で宿から出てきた時、ぱたぱたぱた…と軽やかな草履の音がしたのでそちらを見ると、まだ若い…セイより二つ三つ年下の、洗朱(あらいしゅ)の着物に葡萄茶(えびちゃ)色の帯をした、小柄な娘が走り寄ってきた。
そしてセイの前まで来ると、顔を真っ赤に染め俯きながら、読んでくださいませ、と頭をガバッと下げ、手にしていた文を差し出した。
驚いたセイは、以前付け文を貰って総司に非道く怒られたことを思い出し、一度は拒否したものの、顔を上げた娘の切なさに揺れる瞳に負け、文だけを受け取りこの場を後にした。
一部始終を見ていた総司の纏う気が、冷たくなっていく。
一番隊の隊士達は、そんな総司に怯え、その怒気の相手になっているセイを腫れ物に触るような態度で接し、いつもの巡察とは違った緊張感を伴いながら巡察を終え、屯所へと帰っていった。


屯所に戻った一番隊の隊士達は、井戸端に集まり足を濯いでから上がっていく。
最後に残ったセイが足を洗い終えたとき、
「神谷さん、ちょっと…」
と、総司が冷たい目でセイを呼んだ。
その声を聞き、さっと顔色を悪くしたセイを、隊士達は気の毒そうな目で見ていた。
はい…と小さな声で返事をしたセイは、心なしか肩を落とし、歩き出した総司の後ろを力無く付いていく。
その様を最後まで見ていた隊士達は、皆一様に溜め息を吐き、
「先生も、神谷が付け文を貰うくらい、許してやればいいのになあ。」
「大切な念友だとは言え、神谷だって女がいいときもあるだろうしなあ…。まあ、囲ってる女もいるから、上手くやってるんだろうけどな。」
「あれは、先生の悋気なんだろう?俺達の前で神谷を怒鳴り付けなかったんだ。先生も少しは神谷の事を考えているんだろうさ」
と、それぞれが思うことを言い合いながら、隊部屋へと引いていった。




人気の無い、裏庭の片隅までやってきた総司は、後ろを付いてきたセイに振り向き、黙ってセイを見下ろす。
セイの顔色は悪く、怯えているようだ。
ふう、と溜め息を吐く。
それを聞いたセイの肩が、ぴくりと揺れた。
「……顔をあげてください。」
総司の言葉に、セイが恐る恐る顔を上げる。
黒く円らな瞳は既に潤んで、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「また、なんて顔を…。泣かなくてもいいでしょう?」
セイの円やかな頬に、骨張った手を添えて、親指で目元を一撫でする。
されるがままのセイが、だって…と小さく口を開いた。
「だって、先生、怒ってるんですよね?こんな文を貰ってしまって…」
総司は震える紅いセイの唇にも、親指を這わせる。
「私だったら嫌です。先生が他の人から付け文を貰うなんて…」
目尻から溢れた涙が頬を伝って流れ落ち、総司の手のひらに滲んだ。
「怒ってますよね…?」
「…怒ってませんよ。」
もう一度、ふうと溜め息を吐いた総司が、セイの頬から手を離し、だらりと力無く下がっていたセイの手を引き、自分の腰に絡めさせると、セイの背中を引き寄せて、自分の手をセイの背に回す。
ゆるりとセイを囲い込んで、セイの月代に顎をのせた。
「貴女がモテるのは知っていましたが、まだ付け文をするような女子がいたので、驚きました。貴女は私のものだと分かっているのに…」
「……」
セイが、総司の腕の中で、またぴくりと揺れる。
そんなセイが、愛おしくて仕方がない総司は黙って腕に力を込めた。
腕の中に隙間無く寄り添うセイの愛くるしさと、時折見せる凛々しさに、他人が惹かれる姿を見るのは恋人として誇らしい反面、苦痛でもある。
叶うことならこの可愛い人を、誰にも見せず、触れさせず、一人のものにしたいのに、この人は自分の傍に居たいからと言って、いつもするりと腕の中から消えていく。
飛んだり跳ねたり、時に泣いたりしていても、帰り着くのは互いの腕の中だと何十回も確かめ合っていてさえも消えないこの不安はなんだろう?
「私があの女子に悋気を起こしたなんて、呆れますか?」
総司はセイの耳元に唇を寄せて、そう囁くと素早く首筋に軽く唇を当てる。
みるみる紅く染まっていく首に、わずかに劣情を抱く。
そんな総司に気付かないセイは、ふるふると小さく首振ると、総司の腰に絡めた腕にきゅっと力を込め、もぞもぞと動いて顔を上げて艶然と微笑んだ。
「呆れるなんて…。先生が焼きもちなんて…セイは嬉しいです。」
にっこりと笑うセイが、憎らしい。
人の気も知らないで…と、ゆっくり唇を降ろしていくと、セイも喉を反らして総司を迎える。
重なりあった唇は、やがてもっと深く求め合い、セイの白い手は総司の頭を柔らかく囲い混む頃には、総司はここが屯所であることを忘れた。




********

こちらもアップ。
でも、見切り発車なので、長編になるかも未定。
一生懸命打ってますが、こちらの更新は週一位が目安になると思います。
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更新予定です。

こんにちは。きくりん3です。
沢山の方に、裏側のアドレスとパスワードの問い合わせをいただき、ありがとうございます。

今夜22時頃、あちらに一本アップします。
こちらで読んでいただいている、「再会」の、別バージョンです。
興味のある方は、ご覧ください。
ただ、先生が違います。
タラシで社会経験が豊富な先生は、先生じゃないわ、という方は、お止めください。
違うって言われても困っちゃうので、受け付けません。
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お知らせします

お知らせします


この度、倉庫を作りました。
裏ばっかり話、痛い話、泣き話など、こちらに置くにはちょっと考えちゃうけど、捨てるには勿体無いような話を放り込んでおくためのブログです。
未完とか、書いてる途中とかでも、メモリの関係で放り込むかもしれませんし、そちらからこちらのブログに載せかえるかも知れません。


が、なにぶん裏話も多々(予定)なので、限定公開にしてあります。
読んでやろうじゃないの、と仰る方で、尚且年齢も精神的にも成人した方がいらっしゃいましたら、メールアドレスを添えて、御一報ください。
アドレスとパスワードを、返信いたします。


※メールアドレスは、コメント本文中に記載していただきますよう、お願い致します。









どれだけストレスが溜まってるの?って、自分でも呆れてます。
これはいかんと歯止めが掛からない。
できるだけ、セイちゃんを泣かさないようにしたいものです。
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よよ、感涙(T_T)

こんにちは。きくりん3です。
暑いですね。
毎日、毎日、肺に入ってくる空気が熱い。
逃げ場のない、濃厚な熱気に気力もわきません。
お昼ご飯騒動の愚痴に、励ましのお言葉をいただき、ありがとうございます~(T_T)
感涙…。
胸が熱くなりました。
残りの一ヶ月(まだそんなにあるんだよね…orz)、ファイトー!
早く夏よ、終われー!
大体、夏は苦手です。
虫が活発化したり、テレビで心霊特集とかやるし。
子供の頃、「あなたの知らない世界」を見て、夜トイレに行けなかったまま大人になったので、あの手の番組は苦手。
それに…じつは家に居るみたいなんですよねえ。
たまに一人でお風呂やトイレに行くと、ドアをノックされるんです。
ちゃんと三回。コンコンコンって、礼儀正しく。
でも、誰かが近寄ってきた足音もしないし、磨りガラス越しには誰の姿も見えず…(T_T)
色んな意味で、夏は嫌いです。冬、カモ~ン♪
あ、冬でもノックはされますけどね。



たくさんの拍手とコメントをいただき、ありがとうございます♪
飛び上がって喜んでいます。
皆様の温かい御心に、いつも感謝しています。
以下、コメントの返信です。





くろこさま>
こちらにいらしてくださり、ありがとうございました♪とても嬉しいです。
『髪結い』は、久しぶりの原作に沿ったお話でした。書いていて、とても楽しかったです。
確かに、「神谷さ~ん。待ってくださいよぉ~」とか言いながら、プンプン怒ってるセイちゃんを追い掛ける先生を、笑いながら見てる他の隊士達が浮かびます。呆れたり、苦笑いしたり。
私もそんな二人が、原作でまた見たいです。
夏休みの雄叫びを労ってくださって、ありがとうございます。
とんでもございません。
この暑い中、お仕事されていらっしゃるくろこさまに、頭が下がります。
通勤とか、帰宅とか、家事とか…。無理ーっ。
まだまだ暑いようですが、お互い頑張りましょう。
またお時間があるときに、いらしていただければ幸いです。



あんじゅりさま>
御婚約、おめでとうございます(*^▽^)/★*☆♪
小さい浮様…。でかくなっても浮様ですよ。
育て方が悪かった…(T_T)
久しぶりに野暮天先生を書きました。
いくら納得したとしても、髪は女の命なのに月代を剃った事を、セイちゃんは少し心に引っ掛けてたと思うんです。
髪以上に大切なのが祐馬兄上で、それよりも先生の傍にいたいから、月代を剃り続けているんであって、先生をなんとも思ってなければとっくに隊を抜けて嫁に行ったんじゃないかな、と思うんで、先生に禿げ呼ばわりされたのは、ショックだったんじゃないかなあ…。
書いたのは私ですが。
きっと、お饅頭でも許してもらえないんじゃないですかね、先生は。
明治になってからの斎藤さんを思うとき、きっと良きライバルでもあった沖田先生や藤堂さんを、懐かしく思い起こす夜もあったんだろうなあ、と思っちゃうんです。
生涯黙して語らなかった、と読みましたが、そうであってほしいなあ、と思います。
それと、天野先生、キャイーンの天野くんじゃ、嫌だ~(T_T)
違いますよ、そんなん、全然違いますよ~。


runaさま>
にやにやしながら、読んでいただけましたか?
嬉しいです。ありがとうございます♪
先生、髪の毛、多いですよね。
夏は暑かったんじゃないかなあ…。
池田屋の夜に熱中症になっても、仕方ないくらい、暑そうな髪ですよね。
汗でむっと蒸れて、毎日井戸水で頭をがしがし洗ったりしてるといいな、と思います。
髪が少ない私には、羨ましい話ですよ。
お昼ご飯、丼か粉ものというお言葉に、目からウロコが!
粉もの…ホットケーキ?お好み焼き?
お米だけたくさんあるので、暫く丼攻撃でいこうかな、と思います。
ありがとうございました~(^_^ゞ



真那さま>
美味しそうなレシピをありがとうございました。
お子さまお一人でも、お昼のメニューを考える手間は一緒ですよね。同志っ。
野暮天先生は、永遠です。
ごちそうさまです、って感じです。
色々きりきり舞いさせられますが、それがあるから妄想も湧くわけで。
もうこうなったら、原作はずっと野暮天大王でいってもいいや、と思えてきましたよ。
最後の最後まで。
セイちゃんに、恋心を伝えることなく。
でも、セイちゃんに死ぬ間際に、実は女子として好きでした…とか言ったりしたら、撃ち抜かれちゃいますよね~。
そして、号泣。


さくみさま>
夏休み、いかがお過ごしでしょうか?
夏休みなんて無きゃいいのにーっ!!って叫び、聞こえましたよ。同感です。
息子たちの学校はクーラー完備ですからね。
夏休みなんて要らないんじゃないのかな、と思います。
うちにいるより涼しいでしょう。
天野先生シリーズのやや子が生まれるとこ、書きたいなあ…。
早く夏休み、終わらないかあ。
私の脳みそは、お昼ご飯の献立でいっぱいいっぱいです。
ところで、ロードバイクは喜ばれましたか?
息子さんのお話を伺って、ゲームをねだるうちが可愛いんだなあ、と改めて思い直しました。
うちは、長男の誕生日プレゼントを、テニスラケット(三万円強)から、モンハン4Gに変えて貰えるよう、画策中です。



茉莉花さま>
大丈夫ですか?
夏バテしてませんか?
きっと相変わらずお忙しいんでしょうに、合間に読みに来てくださって、ありがとうございます。
「糸」の続き、あります。ある予定です。
が、中々思うように時間がとれません。
茉莉花ちゃんに比べたら、全然動いていないのに、なぜにこんなに時間がないのか…(T_T)
茉莉花ちゃんを見習わないといけませんね。



まだまだ暑い日が続きます。
体調を崩されないよう、皆様御自愛くださいませ。
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髪結い


風呂あがり、解いた総髪から滴を垂らして歩く総司の着流しの袖を、目を吊り上げたセイが引っ張った。
「うわっ。神谷さん、何をするんですか?」
体半分仰け反らせた総司は、驚いて小柄な愛弟子を見下ろす。
きっと睨んでくるセイは、黙って総司の手拭いを奪うと、もう、と頬を膨らませながら、隊部屋の濡れ縁まで総司を引っ張っていった。
有無を言わせず、総司を座らせる。
「いくら夏の宵とは言え、頭を濡らしたまま歩くのはお止めください。」
風邪を引きますよ、とぶつぶつ言いながら、わしわしと荒々しく総司の髪を拭き始めた。
「痛い…痛いですよぅ」
宵の口になり、幾分涼しくなった風が、総司の頬に当たる。
なのに、蝉の声は衰えを知らず、最後とばかりに泣きわめいていた。
「今年も暑いですねえ…。」
少し髪が乾いてきたのだろう。
総司の髪を拭くセイの手が、少し柔らかくなった。
「そうですね…。京は山に囲まれていますから、江戸より夏が暑いと、兄が言ってました。」
そう答えるセイの口調からも、棘が抜けたようだ。
頭の地肌にあたる、手拭い越しのセイの指が心地好い。
小さな…自分の手の中に収まる、小さな手。
何度も手を繋いだのに、今日に限って、その手が総司の気持ちをざわつかせる。
蚊取り線香の香りがうっすらと漂ってくる。
一番隊の隊士達は皆暑気払いだと言って、方々に遊びに出ていた。
黙ってしまえば、後は蝉の声ばかり。
まるで、広い屯所に二人きりな錯覚に、総司の胸はどきんと大きく鳴った。
「あ、あの。ついでに髪を結っていただけますか?」
何をするわけでも無いのに、気が焦る。
内心、あわあわとしているのをおくびにも出さないように気を払い、そっとセイを遠ざけた。
「心得ました。ちょっとお待ちください。」
セイは総司の背から放れ、隊部屋の中に髪結いの道具を取りに行った。
総司はチラリと背中越しにセイを見て、セイがすっかり部屋の中に入るのを見届けると、はああと肩を落として息を吐いた。
時折、何かの拍子に、強くセイを女子だと意識してしまうことがある。
それが温かなお日様のような笑顔だったり、ぷうと膨れる丸い頬だったり、じわりと汗ばむ細い首に張り付く素直な艶やかな髪にだったり。
女子だと見ませんよ、なんて、よく言えたものだと思ったりもするが、思いは勝手に沸き上がり、暫くまとわりついて離れないのだから、困ったものだ。
今だって、あのほっそりとした指先に強く女子だと感じてしまった。
平常心…平常心…。
頭の中で念仏のように唱える。
惚れていると自覚してから、一体何回同じことをしているだろう。
「お待たせしました。」
ことん、と髪結いの道具が入った吊り手のある盆を置く音と、軽やかなセイの声に、総司は気を引き締める。
平常心です、ともう一度頭の中で自分自身に言い聞かせた。
セイは手馴れた様子でてきぱきと総司の前に鏡を置き、総司の肩に新しい乾いた手拭いを掛けた。
盆から柘植の大振りな櫛とこよりを出す。
口にこよりを咥えるセイの口元を、総司は鏡越しにそっと覗き見た。
いけない、いけない。
血色の良い赤い唇が、宵闇に浮かぶ。
触れたら柔らかそうだなんて、思ったら駄目だ。
気を引き締めようと、セイに髪をきつめに結ってほしいと頼む。
「きつめに、ですか?」
「はい。汗でどうにも乱れてしまって。流石にみっともないですからね。」
総司の建前を疑いもせず、セイは承知しました、と請け負った。
半乾きの髪を、セイが手櫛で纏めて持ち上げる。
櫛で髪を梳る姿は、まるで敵に対峙しているときのように真剣だ。
癖のある総司の毛は、最初は絡まって中々思うように梳けなかったが、段々と絡まり蛾解けてくると、するりと纏まってくる。
髪の量が多いので、セイの手に余るのが難点だったが、どうにか纏めて一つに掴む。
「こんなに多いと、こう暑くては蒸れて辛くないですか?」
月代のない総司の頭は、汗で辛いだろうと言いながら、セイはぎちぎちと総司の髪をこよりで縛り上げていく。
「笠も被りますから…」
なんとか答えたものの、髪を引っ張られた総司はつり上がっていく目尻を押さえるのに必死だった。
セイは全身汗だくになりながらも、総司の望み通り、きつく結い上げた。
「如何でしょう?きつ過ぎませんか?」
額から流れた汗を袖で払ったセイが、鏡に映る総司に訊ねる。
総司はぱっとセイに振り向いて、
「大丈夫ですよ。ありがとうございました。」
と、にっこり笑った。
「大汗を掛かせてしまいましたね。風呂に入った方が良いですよ。私が見張りをしますから、さっさと行きましょう。」
と、セイを急かして、風呂場へと歩いた。
「それにしても、髪が多いのも、夏は困りものです。冬は暖かいからいいんですけど。」
風呂場へ歩く途中、総司がぽつりと呟いた。
「そうですよね。先生みたいに髪が多いと、夏は大変でしょうね。」
セイも、総司の横でうんうんと頷いている。
「神谷さんみたいに、頭のてっぺんが禿げてればいいんですけどね。」
ほんの軽い冗談のつもりで、総司がぽろりと口にした言葉に、セイの顔色がみるみる悪くなる。
「あ、あれ?神谷さん?」
てっきり笑って終わるかと思っていた総司は、思ってもみなかったセイの反応に、今更ながら顔色を悪くする。
「……。」
俯いたセイが、何かを呟いた。
「何ですか?聞こえなかったんですけ…ど…」
最後の言葉を待たず、顔を上げたセイの顔は、夏の夜に相応しいほどに恐ろしかった。
屯所ではなく、外で会ったら、裸足で逃げ出す程に。
「か、神谷さん?」
「私のは、禿じゃありません!剃ってるんです!」
半ば涙目になったセイは、だんだんと怒りを足音に代えて風呂場に向かっていってしまった。
あまりのセイの剣幕にたじろぎ、立ち尽くしてしまった総司は、
「待ってください。ごめんなさい、神谷さん!」
と、慌ててその背を追いかけた。
二人が消えた濡れ縁の柱の影から、斎藤がするりと出てくる。
風呂場の方をチラリと見て、ふんと荒々しく鼻息を一つ吐いた。



************

夏休みはまだ始まったばかりだと言うのに、既にいっぱいいっぱいです(T_T)
パスタ、うどん、素麺、焼きそば…。
昼のメニューが思い浮かばない。
「また麺類?ちゃんとしたご飯にしてよ…」
と長男の意見に、これはいかんとおかずを作ったら、
「部活で疲れたから、お昼ご飯、いらない。」
………もう、心が折れそうです。
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線香花火

あれ?と思ったのは、畳を掃き終え、ふうと息を吐いた時だった。
まだお腹は大きく膨らんではいないのに、それでも何も無かった時よりはふっくらとしてきて、締めている帯はゆったりとなり、晒しは胸を隠すのではなく、腹を冷やさぬことに使われるようになって、動きもいちいち気怠くなっていた。
最初はまったくそれとは思わなかった。
だが、お腹のようすを見に来たお産婆さんがにこにこしながら、よかったなあ、と言ってくれたので、それと分かったのが、昨日。
早く総司様、帰らないかなあ。
一昨日屯所に行ったきり、総司は未だ帰らない。
夜番があるのは知っていたが、それ以外にも、何かと頼りにされている総司なら、何かしらのお勤めがあるのだろう。
今夜は戻られるかな。
早く話したい。
縁側に腰かけて、昨日のお産婆さんの話を思い出しては頬が緩み、これはいけないと今日の夕飯のおかずを考えていたとき、こんにちは、と声をかけられた。
「天野先生!!」
考え事をしていたせいか、こんなに近くに天野が来るまで気が付かなかったセイは、ひどく驚いた。
「全然気が付かなくて…。すみませんでした。」
慌てて立ち上がろうとするセイに苦笑しながらも、天野は転ばないように言った。
セイは立奥から座蒲団を持ってきて、天野に勧めた。
「今日あたり、沖田さんが帰られるんじゃないかと思いましたんでね。これをどうぞ。」
と、縁側に腰を下ろした天野が、手にしていた鮎をセイに渡す。
「まあ…立派な鮎を…。ありがとうございます。でも、いいんですか?」
つやつやと輝く鮎を見て、セイも目を輝かせる。
これだけ新鮮なら、塩焼きにしてもいいし、甘露煮しても、総司が喜ぶだろう。
「父が今朝早く釣り上げたのです。今年は鮎が豊漁で、家族の分を選り分けてもまだ沢山ありました。さっき、法眼の所にも置いてきましたんですよ。セイさんもどうぞ、遠慮なく受け取って下さい。」
にこにこ笑う天野に、セイが心底嬉しそうな顔をして、ありがとうございますと鮎を受け取った。
「それと…」
天野が懐から小さな箱を取り出す。
これもどうぞ、と言われ、きょとんとした顔のセイは、差し出されるまま受け取った。
「今夜は晴れそうですから、沖田さんとどうぞ。」
それだけいうと、お茶を、と勧めるのを断って、天野は帰っていった。
セイは、手にしていた箱をそっと開けてみる。
中には線香花火が入っていた。



帰りました、と待ち焦がれた夫の声が、玄関から聞こえてきた。
セイは、いそいそと姐さん冠にしていた手拭いを頭から外しながら、玄関に総司を迎え出た。
「おかえりなさいませ」
と三つ指をついてから、腰の刀を受け取ろうとしたのだが、総司は苦笑しながら、
「貴女のお腹に負担になりますから、自分で持っていきますよ」
とそのまま草履を脱いだ。
でも、と追い縋るセイに構わずに、総司はそのまますたすたと奥に入っていく。
居間までくると、漸く腰から刀を抜いて、自分で刀置きに愛刀を納めた。
「それでは、私の仕事がないじゃないですか」
ぷうと頬を膨らませたセイが睨んでくるが、ちっとも怖くない。
むしろ、その仕草が幼子のように見えて、可愛くてしかたがない。
ぷっと吹き出してしまった総司は、身を折って笑い出す。
そして益々セイが怒ってしまったのだが、まあまあ、とやんわりとセイを腕の中に囲いこんだ。
「ありがとう、セイ。貴女の気持ちは嬉しいですけど、今はお腹の子を一番に…。ね?」
とんとんとあやすように背を易しく叩かれてしまったら、セイもいつまでも剥れてはいられない。
総司の着物の背を、恨めしく思いながらぎゅっと握りしめるだけで、諦めた。
しばらくそうやって抱き締めあっていたのだが、不意に総司の腹がぐぅ~、と鳴った。
「「あ…」」
声を揃えて、二人で総司の腹を見る。
「私ったら!!すみませんでした」
セイが急いで総司から離れ、台所へと走っていく。
その背に危ないですよ、と声を掛けてから、総司は袴を解いた。



膳に並んだ鮎の甘露煮を見て、総司が相好を崩した。
想像していた通り、総司がウキウキし始めたのが見てとれて、セイはこっそり笑ってしまった。
「鮎なんて…。夏ですねえ。でも、どうして?」
「今日の昼間に、天野先生がいらしてお裾分けして下さったんです。お父上様が沢山釣られた、とか。今夜は総司様がお戻りでしょうからって。」
どうぞ、と総司が帰宅しそうな時間に合わせて炊いた、炊きたてのご飯を茶碗によそい、セイは総司に渡した。
自分の分も茶碗によそい、膳に置く。
屯所にいた頃と変わらずに、二人で向かいあって、いただきますと唱えて、箸をつけ始めた。
総司が美味しい美味しいと言って、鮎の甘露煮だけでご飯を5杯も平らげたのを見て、セイは嬉しくなる。
自分が作ったものを、美味しいと頬張る姿は何度見ても幸せを感じる。
「ところで、私が不在の間、何かありましたか?」
あっという間に食事を終えた総司が、番茶を啜りながらセイに尋ねると、セイはぱあっと目を輝かせて身を乗り出したのだが、何を思ったのか、体はそわそわしながらも腰を落とした。
いつにないセイの態度に、総司は首を捻る。
そんな総司を見ているのに、セイは頬を淡く染めて、後で話しますね、とはにかんで笑っただけだった。
その笑みが、気にならないわけがない。
総司はセイの隠し事に益々興味が涌いて、セイが夕餉の片付けをしている傍にぴたりと貼り付いて、離れなかった。
「もう、そんなにくっついていなくても、後でちゃんとお話ししますから、あちらに行って下さい。」
「だって、気になるじゃないですか。」
ちっとも悪びれない総司に、セイは仕方がないですね、と片付けも早々に、小さな坪庭に出た。
黙って付いてきた総司には、これからセイが何をするのか分からず、きょとんとした顔のままだった。
セイは庭に降りると、小さな木屑と紙屑を火打盆に置く。
そして、カチカチと火打ち石で火を着けると、袂から昼間天野から貰った小箱を取り出し、総司の目の前で開けた。
「あ…、線香花火…」
どうぞ、と促され、総司は線香花火にそっと火を着けた。
二人で並んで、総司の手に咲く線香花火を見詰める。
ぱちぱちと小さく爆ぜる火花と、ふるふる震える火玉に、夏の宵の暑さが遠退いていく。
「天野先生が下さったんですよ…」
「そうでしたか…。綺麗ですね…」
総司はじっと儚く咲く線香花火に見入っていた。
そんな総司に囁くように、セイが小さく口を開いた。
「昨日、お産婆さんが様子を見に来てくれたんです…。ちょうどその時、お腹の中がぴくりとしたんです。そうしたら、お産婆さんが、ややが動いてるねって。元気に育ってるねって…」
火花がぽとりと落ちた。
セイの言葉に、目を見開いた総司だったが、見ていたはずの火玉が落ちた姿が、頭に入らない。
「セイ…」
真ん丸な目をした総司が、首だけを動かしてセイを見た。
セイは、ひどく嬉しそうで泣きそうな顔をして
いた。
総司は黙って線香花火の燃えかすを放り投げて、セイの手を取り立ち上がらせる。
そのまま縁側に座らせると、総司は庭に膝をついて、セイの少し膨らんだ下腹部に頬を寄せた。
「総司様…?」
「ちゃんと…。ちゃんと居るんですね、此処に。凄いですね。もう…何て言うか…、凄いです。」
下腹部に頬を寄せる総司に、愛おしさが溢れて、セイは総司の総髪の髪に指を通した。
「『お父上様』ですね、総司様」
そうですね、と頷いた総司は、そのままセイの下腹部に向けて話し出した。
「私が父ですよ。元気に大きくなるんですよ。母上も私も、あなたが健やかに出てくるのを楽しみに待ってますからね…」
腹のやや子を慈しむ、優しくて穏やかな総司の声に、セイの方が泣きたくなる。
その時、セイの腹の中でぴくりと動く感じがした。
「あ、今動きましたよ。」
驚いた総司は、胎動を感じようと息を詰めて頬に当たるセイの腹に集中するが、着物と腹帯のせいで、よく分からない。
むう、と剥れる総司に、セイが微笑んだ。
「もっとやや大きくなったら、もっと腹を蹴飛ばすらしいですから、楽しみに待っててください。」
「そうなんですか?それは、それは…」
楽しみですね、と呟いた総司は、にっこりとセイと笑い合った。
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拍手やコメント、ありがとうございました。

こんにちは。きくりん3です。
台風が過ぎたら暑いですねぇ。
すでに暑さで倒れそうです。

「糸」、読んでくださり、ありがとうございました。
1. にも書いたんですが、「再会シリーズ」のタイトルは全部、歌のタイトルから付けています。
前作までは、だだだだっと文章を打つと自然にぱっとタイトルを思いつき、それからまるっと歌って(これが気持ちいい)、話の雰囲気とかが何となくあってればOK、って流れだったんですが、今回は全くタイトルが思い浮かびませんでした。
なので、タイトルを決めるために、歌詞検索サイトを見まくりました。
話の内容も、とにかくデートしないといけないと思いながらも、セイちゃんに好きだと言わない事だけは決めていて、じゃあ中身はどうするよ、とものすごく悩みました。
まさか副長が飲み屋の店主になっていたとは、とか、ここで思い出したか、先生?とか、まあ書いてる自分でも驚きの展開になったんで、読まれた方もびっくりしたかな、と思います。
で、絞り出したのが、中島みゆきさんの「糸」でした。大好き。今でもカラオケに行くと、旦那さんや子供たちをおいて歌い上げます。ははは。
ついでに書きますと、二作目は松任谷由美さんの「真夏の夜の夢」、三作目は来生たかおさんの「夢の途中」、四作目と五作目は、平井堅さんの「life is…」と「POP STAR」でした。
一作目の「初恋」は、マルコ先生も村下孝蔵さんの「初恋」の曲のイメージ、と書いていらっしゃいましたので、Iphoneにダウンロードして聞きまくりました。
元々大好きな曲でしたので、もう、嬉しくて嬉しくて。
「放課後の校庭を 走る君がいた 遠くで僕はいつでも 君を探してた」の部分がつーんと来て、冒頭の部分になりました。
教室からセイちゃんを探して、こっそり見ている、あの場面です。
この歌で歌われているくらい先生とセイちゃんの距離は遠かったはずなんですけど、今回抱きしめてましたね。
セクハラ教師って言われて、佑馬兄さんに訴えられないといいですが。


拍手、コメントをたくさんいただき、ありがとうございます。
毎度毎度、月並みな言葉しか出なくて申し訳ないのですが、本当にうれしいんです。
もっと、こう、上手く言えるといいんですけど。
お返事が遅くなり、申し訳ありません。


あんじゅりさま>
最後までたのしんでくださって、ありがとうございました。
あんじゅりさまのコメントが、今回のお話の燃料でした。
先生とセイちゃんが行った創作和食料理のお店の責任者は、もちろんサノとおまさちゃんです。
土方さんならスマホが似合いそうですが、先生はいまだガラケーです。
最初はスマホにしようかな、と思ったんですが、似合わな過ぎて。
セイちゃんに教わってスマホにしたらいいよ、と思いましたので、機種変は付き合った後かな。
ツンデレ感、ありましたか?むしろセイちゃんの方が、淡々と、ハイハイみたいな態度だな、と。
先生、実はドMなんじゃないかと、書いていてそう思いました。
告るところも書きたいんですけど、これを書き終わった時点で、その先の方が頭に浮かんでしまって…。
いつか形になったら何とか表に出してやりたいと思っていますので、その節はよろしくお願いいたします。
ほんと、早く「POP STAR」みたいな、ラブラブイチャイチャなところが書きたいです。


マスミさま>
お久しぶりです。お元気でしたか?
コメントなんて、気の向いた時でも読み逃げでも全然。
来てくださってたことが、嬉しいです。
この時点で12月の初旬の設定です。
ということは、あと4か月は先生は、一人であーでもないこーでもない、と悶々としたり、時には副長のお店に行って、過去の話をしつつも、神谷さんはあーでこーでとぐちぐち言っては呆れられる、ということを繰り返すんです(笑)
ええ、もう、最後には先生一人のお店になって、副長に、「もう帰れ!!」と怒鳴られても泣きついて、泊まり込んじゃう。
早く先生にも春が来るといいな、と思うんですけどね。


さくみさま>
ほとんど一番にコメントを下さり、ありがとうございます。
人間ドックは、いかがでしたか?
オトメン先生を可愛いと言ってくださって、ありがとうございます。
卒業式や謝恩会の後、セイちゃんを呼び出したりしたら、周りの子にばれちゃうんじゃないかとつい心配してしまいます。
どんなシチュエーションで告白して貰おうか、考えるのが楽しくてたまりません。
お仕事や主婦業、その上お母さんとしてのお仕事まで、お疲れ様です。
お嬢様のお洋服も買われて。
誕生日プレゼントに洋服。
無駄がなくていいような気もしますが、無邪気におもちゃが欲しいと言ってくれた頃が可愛かったですよねぇ。
うちの息子はiturnsカードがいい、とか言うんですよ。
味がないにも程があるだろ、と。
毎日暑いですから、無理しないでくださいね。


ちはやさま>
頭のテープは、大丈夫ですか?
貧血、恐るべし。火を扱ったりしているときじゃなくて、良かったですね。
ちはやさんの警告を受け取ってから、せっせと鉄分のサプリを飲み、毎日朝晩は青汁を飲んで、お夕飯に迷ったら牛の赤身とか牡蠣とか(けっしてレバーではないんです)を取るように心がけました。あ、あとひじき。
根深い貧血も生活習慣を変えて、根本的にやっつけないとだめですね。
肝に銘じます。


runaさま>
まずは、SPの件、了承くださりありがとうございます。
あまりに格好いい先生の絵に悶えるばかりで、話がちっとも進まないのがアレですが、ちまちま打ってます。
それから、「糸」。すぐに歌を分かってくださり、嬉しかったです。
あと、「初恋」も。あの歌詞、堪らないですよねぇ。
もう○十年も前の曲ですが、聞けばやっぱり渡辺徹がカリッとセシルチョコレートを齧っているシーンが頭に浮かびます。
あの頃の渡辺徹は格好良かった…。
前世からのつながりがあるから、セイちゃんを好きになったんじゃないんです。
たまたま前世からのつながりがあったんです。
と、わかってくださって、すごく嬉しいです。
セイちゃんが記憶を戻すところも思いついてはいるんですが…。
となると、どうしても先生の死後の事を考えなければいけないので、いつも先延ばしにしてしまいます。
機会があれば、表に出したいなとは思っていますけど、やっぱり考えるのは切ないなぁ。
わらび餅、作っちゃいましたよ。
そして、コーヒーを淹れようとしたら、息子に強奪されました。


むらさきさま>
お久しぶりです。お元気でしたか?
夏休み前、ということもあり、ペースを上げました。
気づけば今週から子供たちが休みに入るため、それまでには終わらせたかったんです。
だって、人のスマホ、覗き込むんですよ?
「何してるの?」って。
今回みたいな話なら、まあ多少覗かれても…と思ったりもしましたが、やっぱり自分のお母さんがこんなことをしてると知ったら、ショックかな、と思い直しました。
毎回長いのに、読んでくださってありがとうございました。


桜野真那さま>
そう、沖田先生亡き後のセイちゃんの行く末を考えるのは、切ないです。
でも、私の中で漠然とですが、セイちゃんはこんな風に人生を終えたんじゃないか的な設定があって、字にはしてないんですが、それにのっとって書いているつもりです。
ただし、これは原作ベース。
天野さんが出てくる話とか、セイちゃんが女の子のままだったら、とか、小夜月さんとかはこれに当てはまりません。
先生亡き後のセイちゃんを書きたいが為に始めたブログだったりするんですが、書くのが切なくて、未だ書いてません。
この再会シリーズは、その私の中のセイちゃん設定にそっています。
「糸」を書き終えた途端、その辺りもいつか書きたいな、と思いました。
いつか日の目を見るといいのですが。
生まれ変わった土方さんが好き、と言ってくださってありがとうございます。
嬉しい////
私も真那さまにお会いしたいです。


茉莉花さま>
いつもいつも忙しいのに、読みに来てくれて、ありがとうございます。
一話が長くてごめんなさい。
最後まで読めましたか?
先生と生徒の禁断の恋…にすればよかったかなぁ。
生まれ変わった時、感情を押し殺していた反動で、ものすごーくタラシな先生になっていたら、それはそれで面白かったかな、と茉莉花ちゃんのコメを見て、また別の妄想が(笑)
まだまだ発展途上のセイちゃんを、アノ手コノ手でオトナの女性にしていく先生を書くのも楽しそうですが、あまりに裏ばっかりになって、ドン引きされちゃうかも。
「本当に、あの先生なの??」みたいな、前世の記憶を持ったセイちゃんと、「本当にねえ…。どうしてあの頃、貴女に手を出さなかったのか、自分でも不思議ですよ。」とか言っちゃう先生との、禁断の恋愛話。
別にブログ作ってこっそりやらないとねぇ。
先生が振られる…。思ってもみなかった。
どれだけ両想い前提なの、私!!
振られてみても面白いかもしれないけれど、ヤケ酒に付き合う土方さんには同情しちゃうかな。


magnifiqueさま>
初めまして。きくりん3と申します。
しがない文章ばかりですが、読んで頂けて、とても嬉しいです。
新選組より風光るが好き、と言ってくださって、「同志!!」と胸を熱くしました。
他の新選組の漫画や特集雑誌を見ても、風光るを読んだ時のように、わくわくどきどきしないんですよね。
まず、沖田先生が格好良くないんだもの。
やっぱり一番隊の隊長で、一番の剣客で、それでいて穏やかで。
風光るの先生が一番すてきですよねぇ。
また、お時間がある時にでも、読みに来ていただければ、幸いです。
ありがとうございました。



いよいよ今週金曜日に、息子たちの終業式です。
あーあ。一学期が終わるの、早すぎるわぁ。
がくっと更新が減るか、ストレス解消とばかりにバリバリ書いて更新が早くなるかわかりませんが、とりあえず次は短編を書こうかな、と思ってます。

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糸 7.

翌朝、ちゃんと自分の家のベッドで目が覚めたのには驚いた。
昨夜、かなり遅くまで土方の店で飲んだ記憶はあるものの、帰ってきた記憶はきれいさっぱり無い。
自分の帰巣本能に感謝しながら、のろのろと起き出して、水道の蛇口を捻り、冷たい水をコップに注ぐ。
ゆっくりそれを飲み干し、はあと息を吐いた。
『大丈夫ですか?』
頭の中の幻の姿のセイが、気遣う言葉をくれる。
目を閉じ、古い記憶に意識を集中する。
平和とは言えない動乱の日々の中、鬼となった二人の間に合ったのは、厳しくも穏やかな絆。
よく思い出せたな…。
大切に大切に、見守ってきた少女との日々。
鮮やかな記憶に、胸が熱くなる。
泣き顔も笑顔も、いつも一番傍で見ていた。
共に笑い、共に戦い、共に過ごした熱い日々。
いつも、セイは傍にいた。
病を得て、命尽きるその時も。
たった一度だけ、交わした約束。
やつれた小指を必死に伸ばし、傍らに座っていたセイと絡め合った小指。
男女の情愛を持たない私達の、唯一の恋情。
『いつも神谷がお傍におりますから…』
最期の最期まで、はらはらと流れる涙を拭くこともなく、好きだったお日様の様な笑顔を見せてくれた。
『また…会いましょう、神谷さん。…約束です。』
絡めた指が、白く柔らかかったことも思い出した。
自分が療養するために、一緒に屯所から離れたせいで、セイの豆だらけだった手がすっかり女子の柔らかなそれに変わってしまった事に、罪悪感と安堵がない交ぜになった思いも。
目を開けて、自分の小指を見る。
夏の終わりにした約束の、絡めた今のセイの小指は、あの頃よりも白くてふっくらとしていて、固かった。
竹刀ダコだらけの自分の手と同じ、剣道をする人の指だった。
同じだけど、違う人。
違っていても、同じ人。
好きになった人が、あの娘でよかった。
記憶があっても無くても、心の底からそう思う。
のろのろと気怠い体を動かしてベッドに戻り、どかりと腰を下ろす。
ふと脇を見ると、テーブルに投げ置いた携帯電話が、チカチカとメールの着信を伝えていた。
土方さんからかなと、昨夜メールアドレスを交換したことを思いだして、携帯電話を手に取った。
チェックすると、メールではなく、SMS。
目に飛び込んできた差出人の名前に、一瞬で意識がはっきりとした。
『先生、ステキなお店に連れて行ってくれて、ありがとうございました。楽しかったです。具合は如何ですか?卒業してもまた連れていって下さい。』
セイからのSMSを何度も何度も読み返す。
こんな短い文章なのに、何度読んでも嬉しさが溢れてくる。
『卒業しても』
の言葉に、胸の動悸が高まり、そわそわしてしまう。
もしかして、卒業しても一緒にいたいとか…?
もし、そうなら…。
ふわふわと浮き上がりそうな気分に、酔いも遠ざかった。
まだちゃんと『好きだ』と伝えてはいないが、もしかしたら、セイと上手くいく、かもしれない?
『いやいや、社交辞令だろ?』
脳裏ににやりと意地悪な笑顔の土方が浮かんだ。
慌ててその姿を追い払う。
『未成年との淫行で捕まるなよ』
昨晩そう釘を刺されたことを思い出し、とにかく落ち着こうと胸に手をあて、大きく呼吸をした。
嬉しさに崩れた顔で、何て返信しようかと左手に携帯電話を持ち頭を捻る。
まだ冬の初めだというのに、早くも春が恋しくなった。



(完)




************
短い…。
最後だけ、前回に入りませんでした。
すみません。


先生、オトメン(笑)
頑張れ、恋する青年。




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リンク先の変更と、一軒新たにリンク先を追加しました。

こんにちは。
台風が上陸していますね。
皆様のお住まいのところは、どんな様子でしょうか?
私が住んでいるところは、どんどん風が強くなって、どんどん蒸し暑くなっています。
風がなければ、洗濯物が乾くのに、と思うと、風の強さが恨めしいです。
明日は、次男の小学校は登校時間をずらす処置を取りました。
明日の朝は、寝坊希望です。


リンク先の変更と、一軒、新しくリンク先を追加しました。

ちはやさま運営の、「Point of No Return」、リンクが切れていましたが、この度新しいリンク先を教えて頂きました。
皆様、ちはやさまのお話を読めなくて、泣いていませんでしたか?私は、泣いてました。
お忙しい中の移転、お疲れ様でした。
また、楽しませていただきますので、よろしくお願いいたします。
あと、貧血はやっぱり怖いな、と思いました。
私も意識して治そうかなぁ。


それと、くろこさま運営の「かんろ煮」を新しくお迎えしました。
ぜひぜひ、行ってみてください。すてきな先生とセイちゃんに会えますから。


頂きましたコメントのお返事ができなくて、すみません。
こうやって打ってる間にも、次男が帰宅し、末娘が起きてしまいました・・・orz
あと一話で今のお話が一区切りしますので、その後まとめて返信させていただきます。
それでは、みなさま、台風にはお気を付けてくださいませ。
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糸 6.




カラン、と鈴がなるドアを開けると、土方が煙草を口の端に咥えてにやりと笑った。
開店したばかりの時間のせいか、フロアには他の客もなく、給仕する女の姿もない。
「土曜に来るなんて珍しいな。どうした?デートは上手くいかなかったか?」
やけ酒なら付き合うぜ、と席についた総司にグラスを出そうと向けてきた背に、
「…歳三さん。」
と声を掛ける。
グラスに伸ばした指がぴたりと止まり、土方が驚いた顔で総司に振り向いた。
「お前…」
「あは。やっぱり歳三さんだ。どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか?」
真っ直ぐに土方を見る。
土方は、ぶつぶつ何かを言いながら後頭部を掻いていたが、ちょっと待ってろ、と言うと、手近にあった紙に臨時休業と油性マジックででかでかと書き、ドアを開けて張ってきた。
そして奥にいる給仕の女達に今日は帰ってくれないか、と話すと、女達は気を悪くすることなく、土方の言う通りに帰っていった。
「歳三さん、相変わらず女性の扱いが上手ですね。」
「うるせえよ。今そっちにいくから待ってろ。」
二人分のグラスと、酒が並んだ棚の奥の奥の方から取り出した、見たこともないガラスの瓶を持ってきた土方が隣に座り、片方のグラスを渡してきた。
ポンと小気味良い音を立てて栓を抜き、グラスに琥珀色のウイスキーを注いだ。
グラスを持ち、軽くかち合わせて乾杯する。
舐めるように一口口に含むと、酒の香りがふわりと鼻に抜け、ほんのりオーク材の樽の香りもした。
「で?何でまた思い出した?」
「歳三さんこそ。いつから私が、『私』だと知っていたんですか?」
あー、と天井を向いた土方を見ながら、グラスに口をつける。
「俺はなあ…最初から記憶があったからなあ…」
土方が頭の後をがしがしと掻きながら、そう言うのでひどく驚いた。
「最初から…って?」
「物心ついた頃には、既に記憶があったんだよ。でも、心の中で、『これは普通じゃないんだ』ってことも感じてた。だからだろうな、幼稚園に行くような年になっても、夜泣きしたりして、お袋が大変だったってよく言ってた。」
ふっと片側の唇だけ上げてみせる笑顔に、懐かしさが溢れてくる。
熱いものが込み上げ、喉の奥から迫り上がってくるのを、酒で飲み込んだ。
「他に…誰か会いましたか?」
「原田には会ったのは、知ってるだろう?ああ、勇さんにもあったぞ。永倉にもな。……皆記憶は無かったけどな」
グラスをからからと揺らしながら、そう言って目を伏せた土方を、なんとも言えない目で見ていた。
「勇さんとは、通っていた道場の合同練習で会ったな。
俺が小1、勇さんが小2の春の話だ。
俺は記憶があったからすぐに話したかったんだが、向こうは記憶がないから、中々話しかけられなくてなあ。
でも一度話しただけで、あっという間に打ち解けた。
それから、市内大会や合同稽古で会うたびに、話したな。
学年が上がっていって、入学した中学は勇さんと同じ中学になった。勿論剣道部に入ったぞ。勇さんとは先輩後輩の間柄になったが、敬語なんて使わなかったなあ。
それから高校大学、ずっと一緒だったんだぜ。」
にかっと笑う土方を見て、怒りとも悲しみとも付かない気持ちが沸き起こる。
あれほどあの時二人は夢に向かって、共に歩んでいたのに、何故今は一緒に居ないんだろう。
あれほど、二人は一緒だったのに。
「何で…今は一緒に居ないんですか?」
その思いが自然と口からこぼれ出た。
「ああ?」
「あれほど、二人で一緒にいたじゃないですか?苦労も分かち合って…。今は近藤さんは何処に居るんです?」
感情が抑えられなくて、つい興奮し土方に詰め寄ってしまう。
だが、土方はそんな自分の肩を、まあ落ち着けよ、と言いながら、とんと叩いた。
「まあ落ち着けよ…。それはお前、今は昔と違うんだぜ?そうだろう?
俺は今でも勇さんが好きだ。あの人の夢が叶うのをみたい、と思ってる。
それは一緒だ。昔と変わらねえ…」
「でもな、昔の俺と今の俺は違う。俺には俺のやりたいことがある。俺の住みたい場所がある。
勇さんの傍にくっついて居なくても、俺たちは友人だ。
今の勇さんは、東京で家族と共にいる。
ツネさんとタマの生まれ変わりかどうかは分からねえが、嫁さんと娘が一人いる。仲の良い、普通の家族だ。それが今の勇さんの望みだ。
勇さんがそう望んで得た姿なんだ。」
「土方さん…。」
「俺は京都に住みたかったんだ。何でもいいから、京都に。それが今の俺の望みで、勇さんと一緒に居たら叶えられない望みだ。だから、離れた。それだけだ。
まあ、京都に来たら、お前に会ったんだから、驚いたけどな。」
目を丸くして茫然と見つめていると、肩に手を置かれた。
「こんな風に昔の記憶があると、どうしても昔の様な付き合いを、と思ってしまうだろうがな、生まれ変わったんだから、もう縛られなくていいんだぜ。
俺とお前もそうだ。だから、間違っても俺ん家に引越してきたりするなよ。」
それを聞いて、思わず吹き出してしまった。
「引越してきたりしませんよ。」
「そうか?昔の様に同じ屋根の下で暮らしましょう、って言い出しそうだぞ。」
くすくす笑い出したら、土方も笑い出す。
ひとしきり笑い、手元のグラスに口をつけたら、いつの間にか空になっていた。
そのグラスに新しく酒を注ぐ土方を見て、ふうと息をはいた。
「そうですよね。記憶はあっても、別の人間なんですよね。
だいたい、あんなに酒が嫌いだった土方さんが、スナックのマスターだなんて、これ以上に別の人間だって証明、無いですよね。」
「そうだろう?それに関しちゃ、俺が一番しみじみと感じてるよ。
生まれ変わって気付いたんだが、俺は酒が嫌いなんじゃなくて、酔っ払いと日本酒が駄目なんだな。洋酒は好きなんだよ。ってことは、もしかしたら、あの頃洋酒を飲んでたら、酒好きになってたかも知れないな。」
と真剣な顔で言うので、また二人でけらけらと笑い合った。
「ところで、今日のお前のデートの相手、神谷だろ?」
酒のせいで笑いすぎて出た涙を拭いていたら、土方が切り込むように言った。
顔が一瞬で真っ赤になる。
酒のせいでないことは、自分が一番分かっている。
「なっ…んで…?」
驚いて言葉もでないでいたら、土方が胸のポケットから携帯電話を出して画面を見せてきた。
そこには昼間、原田がいた店の上がりかまちに立つ、セイと自分の姿だった。
「!!。いつの間に!」
「原田に頼んだんだよ。相手がどんな女か知りたかったからな。」
爽やかな笑顔でさらりととんでもないことを言う土方に脱力する。
原田も一体何を考えていたのか…
「サノは昔と変わらねえな。相変わらず、飄々として、熱くて騒がしくて。アイツに昔の話をしても、そうっすか、としか言わない気がするぜ。
覚えているのかいないのか、いまいちよく分かんねえんだよなあ。」
確かに、と頷きそうになったが、頭を振って、そうじゃなくて、と話題を元に戻す。
「原田さんも原田さんですけど…何で盗撮なんか…」
「お前が女絡みで凹むなんてな。あの頃は天地が引っくり返っても有り得ないと思ってたんだぜ。興味もわくわな。」
「失礼ですよ…」
「そう言うな。俺は嬉しいんだぜ。お前がちゃんと『今』を生きてるんだからな。
相手が神谷ってのが笑えるけどな。」
土方が心配してくれていたのかと分かると、嬉しくなってしまうのは昔の記憶のせいなのか。
それにしても。
「神谷さん…今は富永さんですが、彼女が女の子だっていうことには、驚かないんですか?」
ふと思ったことを聞いてみる。
「ああ?まあな。
お前が結核で死んだ後に、神谷と会ってな。実は女だったと言ってきた。その時は酷く驚いたな。」
土方の声のトーンが変わる。
知識でしか知らない、函館までの土方の旅。
行く先々で行った戦いに、この人は何を思ったんだろう。
「あいつ、函館まで付いてきたんだぜ。お前の小刀と自分の刀を差して、神谷清三郎としてな。その頃には月代もすっかり伸びて、総髪でな。あのまっすぐな髪をきつく結って、男だと言い張ったが、餓えた野郎共には効かなかった。荒っぽい奴等にいつも付け回されてた。お前が教えたっていう『神谷流』だかなんだかで追い返してたが、お前の看病のせいか年頃だったのか、やはりどうしても非力で危なっかしくてな。見てらんなくなって、俺の傍に置いていたんだが…。
結局俺の方が先に死んだから、あいつがあの函館の戦いの後、どう生きたのかは分からない。」
すまないな、と言う土方に、いいえ、としか言葉が出ない。
「京都にいた頃、すっかり神谷が男だと思ってたから、衆道だなんだと騒いだが…。お前が倒れた時に看病してるあいつを見て、女だったらお前に嫁がせたのにと思ったのを覚えている。
惚れ合っていたなら、そう言えば良かったんだぜ」
とんと肘で胸を叩いてきた土方に、ふにゃりと笑い返す。
「あの頃は……。自分の感情を押し殺し、平常心を保つことこそが、日本一の剣客への道であり、ひいては、若先生の手助けになると信じていましたからね。
病を得てからは…あの娘を病に巻き込むような真似はしたくありませんでしたし…。」
しんみりと語ってしまったせいか、土方もそうかと呟いただけで、黙り混んでしまった。
カランとグラスの氷が崩れた音だけが響く。
「まあ、なんだ?せっかくまた会えたんだ。今はそんな柵も無いだろう?今日はちゃんとコクったのか?」
「あー…」
柵って、これ以上の柵が、今の世にあるんだろうか。
「彼女は、私の生徒なんです…」
そう言った途端、土方は目を見張り動きを止めた。
視線に耐えられなくて、手にしていたグラスに口を付ける。
溶けた氷のせいで薄まったウイスキーが、喉を滑り降りていく。
「お前…つくづく難しい状況になるのが好きなんだな。もっと、楽で手頃な女はいなかったのか?」
「そんなこと言われても、今まで誰もこんな風に想う人には出会いませんでしたし。
春に今の学校に赴任してきた最初の日に出会って、一目で好きになっちゃったんですから、仕方ないでしょう?」
桜の花の下の出会いを思い出す。
今がどれ程苦しくても、あの日を後悔することはない。
「あの娘と前世から繋がりがあったなんて驚きましたが、今は嬉しいんです。また会えたこと、また好きになったこと……出逢うべくして出逢ったんだと思うと、神様に感謝しちゃいます。」
自分の言葉に照れ笑いが零れる。
酔ってなかったら、とても言えない科白だ。
「そうか…。うん、まあ、未成年との淫行で捕まるなよ」
「何言ってるんですか!?そんなこと、するわけないじゃないですか?土方さんじゃあるまいし…。」
突然おかしなことを言われたせいで、頭に血が昇り、一辺に酒が回ってくらくらする。
土方はあははと快活に笑って、今日はとことん飲め、とグラスにウイスキーを追加した。
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